第68話「ネクタイ」

社会人になって4年目に体験した怖い話。

ある日、仕事から帰ってきてクローゼットのバーにハンガーでジャケットをかけようとしたら、ネクタイがバーに結ばれていた。しかも、先の方が輪っかになっていて、首吊りのロープのような形になっていた。
気味が悪かったけど、仕事であまりにも疲れていたので、とりあえずネクタイをバーから外して、ベッドに倒れこんだ。
翌朝、目が覚めると、昨夜、取り外したはずのネクタイが再びバーに結び付けられていた。
またしても、首をかけろと言わんばかりに先は輪っかになっていた。
ぞわっと全身が悪寒を走った。
寝ぼけてネクタイをバーに結び付けたのだろうか。いや、そんなはずはない。
もう一度、今度こそちゃんとネクタイをバーから外してタンスの奥深くにしまって仕事に向かった。
しかし、帰宅すると、やはり、ネクタイはバーに結び付けられている。
怪奇現象としかいいようがなかった。
怖くなって、不動産屋に問い合わせた。
過去にこの部屋で首吊りか何かなかったか・・・。
「ネットの見すぎですよお客さん、そんなことはありません」、と不動産屋には一笑にふされた。
気味が悪くて仕方なかったが、仕事も忙しいなか、急に引っ越しはできない。
最近はネクタイをつける必要がない仕事ばかりだったので、思い切ってネクタイを全て処分してみた。
これで怪奇現象もおさまるだろうと思った翌日、今度はベルトがバーに結び付けられていた。
先は、ベルトの穴を使って輪になっていた。
首を吊れ・・・首を吊れ・・・首を吊れ・・・。
何者かの声が聞こえてくるようだった。
奇妙な現象に確実に心が蝕まれてきていた。
何をやってもうまくいかないような気持ちになり、自分はなんてダメな人間なんだという気分が抜けない。
割と楽観的な性格だと思っていたのに、鬱々とした気持ちに押しつぶされそうになってきていた。
いっそ死んだ方が楽かもしれない・・・。
そんなことを考えるようになり、やっぱり、何かがおかしいと思った。
産業医に相談したらノイローゼだと診断された。
会社を休むことになった。
しかし、家にずっといることになり、歯車は余計に狂った。
外しても外しても、気がつくと、バーにベルトが結び付けられているのだ。
首を吊れ・・・首を吊れ・・・首を吊れ・・・・。
声は次第に大きくなっていく。
・・・もう楽になろう。
ついに、ベルトの輪に首を乗せた。
その時、ヒヒッとどこからか笑い声が聞こえた気がした。
ハッと我に返った。
自分は何をしているんだ。

即日、その部屋を引き払うことにした。
家具もない真新しい部屋に引っ越してみると、あれほど落ち込んでいた気分が、嘘のように晴れた。
やはり、あの部屋は何かおかしかったんだ。
新居のクローゼットを気持ちよく開け放った。
・・・目に飛び込んできたのは、バーに結ばれた首吊り用のロープだった。

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