第8話「転校生」

2016/08/30

僕が小学校5年生の時の春に、サトル君は転校してきた。
サトル君は、色白で目鼻立ちがはっきりした顔をしていて、たちまち女子生徒の注目を集めた。しかし、それがおもしろくない男子生徒からはたちまち目をつけられてしまった。人気者の男子生徒たちが毛嫌いするものだから、やがて女子生徒も同調するようになった。
教科書をゴミ箱に捨てられたり、体操着をハサミで切り裂かれたり、集団による陰湿なイジメが始まった。
サトル君は、いつも暗い顔をしていて、言い返したり抵抗したりすることがなかった。何もかも諦めているように見えた。

けど、1週間もしないうちに風向きは変わった。サトル君をイジめていた男子生徒たちが立て続けに不慮ふりょの事故に遭ったのだ。幸い命は助かったが骨を折ったり内臓を損傷したりして、1ヶ月以上の入院が必要な事故ばかりだった。
サトル君の復讐・・・。誰もがそう考えた。イジメていた連中は、サトル君の仕返しを恐れて、サトル君を避けるようになった。
事故に遭った男子生徒たちを可愛がっていた体育教師が、授業中にサトル君に露骨な嫌がらせをした日に階段から転落して頭蓋骨を骨折した事故が起きると、サトル君を怒らせたら仕返しをされるという噂が真実のように学校中に広まった。

クラスの誰もがサトル君を化け物扱いした。ただ一人、僕だけは、サトル君と仲良くしようとした。なぜなら、サトル君が転校してくる前、イジメのターゲットにされていたのは僕だったからだ。サトル君の近くにいれば、下手な手出しはされない。そんな計算があったのは否定できない。サトル君も僕という話し相手ができて嬉しそうだった。そして、サトル君は秘密を打ち明けるように教えてくれた。
前にいた学校でも、サトル君に悪いことをしてきた人たちが次々と不幸な目にあったのだという。両親は、サトル君が何かしているのではないかと疑い、問いただした。すると、今度はサトル君の両親まで交通事故にあった。サトル君を不気味に思った両親は祖父母のもとにサトル君を預けることにしたのだという。

僕は、サトル君が可哀想に思えた。誰からも怖がられて遠ざけられるなんてひどい話だ。別にサトル君が何かしたわけではないのに。僕だけは、ずっとサトル君と仲良くしようと心に決めた。なにより、サトル君は僕にとって強力な味方なのだから。だけど、いじめっ子の悪知恵はたいしたもので、サトル君がいない時を狙って、また、僕に何かしようと企んでいるのがわかった。だけど、今度は僕も負けてなかった。
「サトル君に言いつけるぞ」そう言うと、イジメっ子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
そんなことがあってから、僕はどんどんサトル君の傍にべったりといるようになっていった。

そんなある日、サトル君から思わぬことを告げられた。
「また転校することになったよ。両親が引き取りに来るって」
サトル君の両親は考えを改めて、どこか遠くの街でサトル君とひっそりと暮らす道を選んだらしい。
嬉しそうなサトル君をよそ目に、僕は、自分のことで頭がいっぱいだった。内心、サトル君がいなくなったら僕はどうなってしまうのか、毎日毎日びくびくしていたのだ。僕はサトル君にその思いをぶつけてしまった。
「そんなの勝手だよ。君がいなくなったら、また、僕がいじめられるじゃないか」
すると、サトル君はみるみる悲しそうな顔になっていった。
「・・・だから、君は僕と仲良くしてくれていたんだね」
僕は、とんでもない過ちを犯してしまったことに気がついた。
「違うよ!そうじゃないんだ」
サトル君は、黙って踵を返すと去っていった。
しまった。サトル君を傷つけてしまった。
「やめて。僕に仕返しするのはやめて!」
僕の心はめちゃくちゃだった。本当は、サトル君に謝らなければいけないのはわかっているのに、僕の口から出てきたのはサトル君の気持ちをさらに傷つける言葉だけだった。
サトル君が転校すると、入れ違いに入院していたイジメっ子達が退院してきて、僕へのイジメは以前に増して、より過激でより陰湿になった。
それが、サトル君を傷つけた罰なのかはわからない。ただ、僕の心は、初めてできた友達を傷つけてしまった後悔でいっぱいだった。

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