【怖い話】怪談図書館

 

夢か幻か。
いまでも判断がつかないことがある。

僕が中学2年の夏。
学校帰りに奇妙な図書館を見つけた。
日が暮れてからでないと開かないその図書館は、商店街の路地裏に入口があった。
公民館の会議室程度の広さに書架が所狭しと並んでいた。
棚と棚の間は人ひとりがようやくすれ違える程度の幅しかない。
常に真っ黒いワンピースを着た40代くらいの司書さんが受付にひとりいるだけ。
調べた限り市営や県立の図書館ではない。
誰か物好きな人がボランティアではじめた私営図書館ででもあったのだろうか。
その図書館の一番の特徴は、なんといっても、蔵書が古今東西和洋の怪談話やホラーに限られているということだ。
小説が多いけど専門書も充実していて、民俗学の歴史から心霊スポットのサブカルチャー本までおよそホラーにくくられるものであれば大概の本が見つかる。

特に僕が興味を惹かれたのは、「実録」という棚だ。この棚には、誰かが聞き取った怪談をそのまま文字起こししただけの、装丁もおざなりな本が並んでいて、逆に、手がかかっていないその感じが妙に生々しくて怖かった。
内容は日常に根ざした怖い話が多く、本当にあった怖い話だといわれたら信じてしまいそうな話ばかりだった。
この図書館の主が、趣味で収集した怖い話を自分の手で製本したのかなと子供ながらに考えていた。

ある日、僕は「実録」の棚で、ひときわ不思議な本を見つけた。
表紙以外、全て白紙なのだ。
何かの手違いで棚に並べてしまったのだろうかと考えて、棚に戻した。

後日、再びその棚を訪れると、白紙だった本がまだ並んでいる。
司書さんも気づいていないのだろうと思い、受付に持っていこうと考え、本を手に取り、僕は目を疑った。
つい先日まで、白紙だったはずなのに、今日改めて見てみると黒いインクで文章が印字されていた。
司書さんが気づいて交換したのだろうか。
気になって僕はザッとその本に目を通してみた。
読み進めるうち、肌が粟立つのを感じた。

本に書かれていたのは、奇妙な図書館を見つけた少年の話。
少年は魅せられたように図書館に通いつめる。
やがて、白紙の本を見つけた少年は、その本を受付に持っていこうとして、先日までは印刷されていなかった文章を発見する。
・・・設定も描写も今の僕の状況そのままだった。
こんな偶然の一致があるだろうか。
僕は取り憑かれたように続きを読んだ。

『・・・少年は図書館から忽然と姿を消してしまった。』

僕は本を落とした。
静かな図書館にバサッと音が響く。
そういえば、僕はこの図書館で他の来館者を見たことがあったか。
見るのはいつもあの黒いワンピースの司書さんだけ。

その時、キィ・・・キィ・・・ときしんだ音がした。
本を運ぶ台車を押す音。
司書さんが本を棚に返却しはじめたのだろう。
ただ、その音が、まっすぐ僕の方に近づいてきている気がした。

キィ・・・キィ・・・キィ・・・

間違いない。
ゆっくりと確実に近づいてきている。
会ったらいけない。
本能的にそう悟った。
『・・・少年は図書館から忽然と姿を消した。』
本の最後の文章が何度も頭の中をリフレインする。
僕は司書さんに出くわさないよう、別の棚に動き、出口を目指した。
僕が後ろに回ると、台車を押す音も回れ右して追ってきた。
出口までもうあと少し。

その時、出口を塞ぐようにヌッと司書さんがあらわれた。
どうして?
だとしたら台車を押しているのは誰なのか。
後ろを振り向いて僕が見たのは・・・

実はその後のことは覚えていない。
気がつくと夕暮れの道を家に向かって歩いていた。

後日、勇気を出して図書館がある路地裏を訪れたが、見たことがない飲食店の看板が出ていた。
それも昨日今日開店した店ではなく、ずっと昔から店を構えているように見えた。
夢か幻を見ていたのだと理解するしかなかった。
ただ、1つだけ不可解なことがある。
財布の中身を整理していたら、一枚身に覚えのない図書館の貸出カードが出てきたのだ。
この近隣の図書館のカードではない。
怪談図書館・・・。
いつかまた迷い込む日が来るのかもしれない。

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