第48話「残酷動画」

2016/09/01

テロリストがネットの動画投稿サイトにアップした人質処刑映像がニュースを賑わしていた。
ナイフで首を切られる男。血しぶきが上がり何語かわからない言葉でテロリストがメッセージを叫び動画は終了。
今は閲覧できなくなっているが、俺は何度か見た。
感想は?正直、ふーんって感じだった。エグいなって思っただけだった。
現実の出来事というよりはリアルなゲームを見ているようだった。
この遠い島国では、人々を恐怖に陥れようというテロリストの目的は叶わなかったのだと思う。
俺たちにとって何千キロも離れた国の現実は対岸の火事だった。
映像は残酷なエンターテイメントとして多くの人間に消費されたにすぎない。
真剣に社会問題として捉えた人はいったいどれくらいいただろうか。
少なくても俺の周りにはいない。
人の痛みはわからないということなのかもしれない。
これがこの国が抱える平和ボケという問題なのかもしれない。

そんなある日。
俺はネットサーフィンをしているうちに奇妙なWEBサイトにたどりついた。
タイトルなどの説明は一切なく、真っ黒いシートをバックに目隠しをされた男が立ち膝で座らされているサムネイル画像がぽつんと置かれていた。
画像の男は日本人なのだろうが、その演出は、嫌でも処刑動画を思い出させた。
サムネイル画像の横に「首を切る」「頭をかち割る」「首を絞める」「焼く」というコマンドボタンがあった。
おそらく、誰かが自作した処刑ゲームなのだと理解した。
おおかた、押したコマンドに応じて処刑動画が再生されるという仕組みなのだろう。
悪趣味なゲームを作る輩がいたものだ。インディーズゲームの中には、たまに、この手の危うい作品がある。

ここで善良な心の持ち主ならすぐにブラウザを閉じるのだろうが、俺の場合は好奇心の方が勝ってしまった。
「首を絞める」ボタンをクリックしてみた。
すると、予想していた通り動画が再生された。
カメラが男にぐんぐん近づいていき、にゅっと両腕が画面手前から飛び出した。
まるでプレイヤー自身がこれから男の首を絞めようとしているかのような演出だった。
革手袋をした両手が男の首を絞め上げる。
男はウウと唸り、身を捩り、やがて口から泡を吹いた。
生身の役者を使っているため迫力がすごい。
いや、これは本当にゲーム上の演出なのか?本物の処刑動画なのではないか?
頭の中を疑念がうずまく。
これじゃあ、まるで俺がボタン一つで人を殺したみたいじゃないか。

恐ろしくなると同時に俺はゾクゾクと興奮もしていた。
神にでもなったかのような不思議な万能感があった。
無人機を操ってシューティングゲームのように現実の人間を殺していくアメリカ軍人はこんな気持ちなのかもしれない。

画面が切り変わった。
森の中で一本の木に男が縛りつけられている。
頭にウィリアムテルのようにリンゴを載せている。
コマンドボタンも新しくなっていた。
「弓」「ボーガン」「リボルバー」「ショットガン」「バズーカ」。
どの武器を使って殺すかということなのだろう。
俺は「ボーガン」のボタンをクリックした。

画面手前から矢をつがえたボーガンが現れ、男をめがけて矢が放たれた。
矢は男の右目に当たり、断末魔の叫びが上がった。
血が画面いっぱいに飛び散った。
映像のあまりの生々しさに少し気持ちが悪くなった。
だが、すぐに「バズーカ」のパターンが見たかったなと後悔した。
所詮ゲームはゲーム。心も画面同様、切り替わりが早かった。

俺はまだやめなかった。認めたくはないが、そのゲームには麻薬のような中毒性があった。
再び画面が切り替わった。今度は、手足を拘束されて道路に仰向けに寝かされた男。
ボタンは「自転車」「軽自動車」「スポーツカー」「ダンプカー」「ロードローラー」。
何でき殺すかの選択だ。俺は、迷わず「ロードローラー」をクリックした。
画面手前から轟音ごうおんを上げながらロードローラーが走ってくる。
ぐんぐん男に迫っていく。見たいけど、見たくない、そんな矛盾した感情が交互に入れ替わる。
心臓が早鐘を打つ。
と、突然、ロードローラーが停止した。
操縦士が運転席から飛び降り、逃げるように走り去って画面から消えた。
拘束された男には何事も起きぬまま動画は終了した。
がっかりしたような安心したような奇妙な気分だった。
これだからインディーズゲームは・・・そう心で愚痴って、俺はブラウザを閉じた。

それきり、その処刑ゲームのことは、すっかり忘れていた。
だから、ある日、突然現れた男たちに薬を嗅がされて拉致された時も、「何か人から恨まれるようなことしたか?」と思っただけでゲームのことは思い出せなかった。

気がつくと俺はスタジオのような場所にいた。
黒いシーツ、カメラ、目隠しとさるぐつわをさせられひざまずかされた男。覚えのある光景だった。
処刑ゲームの第1ステージとまるっきり同じだった。
俺の周りには頭巾を被った全身黒づくめの黒子のような人間たちが立っていた。
テーブルの上に、サバイバルナイフ、斧、革手袋、灯油とライターが置かれているのが見えた。
黒子の一人が手で、跪く男とテーブルの上の凶器を交互に指し示す。
「犠牲者となるか処刑人となるかどちらかを選べ」そう言っているのだ。
よく見ると、跪いている男には見覚えがあった。
「ロードローラー」から逃げ出した操縦士だった。
ようやく、俺は、自分がなぜ拉致されたのか、ゲームの処刑映像がどのようにして作られているのか理解した。
あの映像はライブ中継だったのだ。
ここで逃げようとすれば俺が次の犠牲者になるんだ・・・。
人殺しになるか、ここで死ぬか。人殺しになるか、ここで死ぬか。
頭の中を選択肢がぐるぐる回る。
その時、テーブルに設置されていた赤黄緑白の4色のランプのうち、赤色のランプが点った。
それぞれの凶器に貼られたシールの色とランプの色が対応しているようだ。
サバイバルナイフの柄の部分に赤いシールが貼られていた。
つまり、誰かが俺と同じようにあの処刑ゲームのサイトにたどりつき、「首を切る」のコマンドを押したのだろう。
黒子がサバイバルナイフを手でしめした。
「さあ、やれ」黙っていても黒子が言いたいことはわかった。

本物の人殺しになるか、ここで死ぬか。人殺しか、死か。
再び選択肢がぐるぐると頭を駆け巡る。動画を見ているのとはわけがちがった。
人の死はクリック一つで消費できるほど軽くなかった。
リアルな人の生死の重さがずっしりと俺の肩にのしかかっていた。
俺は、汗ばむ手でサバイバルナイフに手を伸ばす・・・。
ゲームオーバー。どこからともなくそんな声が聞こえた気がした。

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