第18話「彼女の部屋にて」

2017/10/31

俺が25歳の時の話。

当時付き合っていた彼女のアパートで、彼女が仕事から帰ってくるのを待っていた時のことだ。
ソファに寝転んでテレビを見ていたら、玄関のチャイムの音がした。
彼女が仕事から帰ってきたのだろうと思い、モニターも確認せずドアを開けたら、見知らぬ中年の男が玄関先に立っていた。
課長とかの役職についていそうな会社のどこにでもいるメガネのおっちゃんだ。
男は何も言わず驚いたように目を瞬いている。
セールスかと思ったけど、ポロシャツにチノパンという格好からして違うような気がした。
「あの、なんすか?」俺は言った。
「・・・ここは、川田亜樹の部屋じゃないんですか?」
亜樹ってのは俺の彼女の名前だ。
「・・・そうですけど、何か」
男の目つきがみるみる険しくなっていき、咳払いをしてから、男は言った。
「私は川田亜樹の父ですが、君は?」
頭の中が真っ白になった。
亜樹とは付き合って3ヶ月くらいになるが、家族の話なんてほとんど聞いた覚えがなかった。
そんなわけだから、亜樹の方も俺の話は家族にしてないんだろう。
もちろん遊びで亜樹と付き合っていたわけではないけど、こんな形で家族と顔合わせするとは思わなかった。
「・・・あ・・・あの、俺は」
俺がパニクっていると亜樹の父親は黙って靴を脱いで部屋に上がり、
ベッド横のテーブルの前にあぐらをかいて座った。
俺はどうしていいかわからず、玄関のあたりを行ったりきたりした。
亜樹の父親は部屋をグルリと見回して観察している。
気まずい沈黙が流れた。
「・・・あの・・亜樹さん、もうすぐ帰ってくると思いますので」
返事はない。平たい背中から怒りの熱気が上がっているような気がした。
「・・亜樹さん、今日、来られること知ってるんですか?」
それでも返事はない。完全に無視だ。
ふいに、亜樹の父親が立ち上がった。
殴られるんじゃないかと思って俺は思わず身構えてしまった。
が、亜樹の父親は俺のことなどおかまいなしに、亜樹の部屋を物色し始めた。
そして、亜樹の父親は、おもむろにタンスを開け始めた。
一番上の引き出しには亜樹の下着類が入っていた。
父親とはいえ、勝手にそこまで開けていいのかと思ったが、そんなことを言える雰囲気ではなかった。
タンスを一通り開け終えると、続いて、棚の上の小物入れを調べ、近くにあった写真立てを手に取る。
まずい。写真立てには、先週、亜樹と一緒に行った遊園地の写真が入っていた。
亜樹の頬に俺がキスしている自撮り写真だ。
気まずさは最高潮だった。今だけ俺が映っている部分を消したかった。
しばらく写真を眺めた後、亜樹の父親は、俺の方に向かって歩いてきた。
今度こそ殴られる。覚悟を決めて、目をつむった。
が、亜樹の父親は、俺の横を素通りすると、そのまま靴を履いて部屋を出て行ってしまった。
呆然とした。
タバコでも買いに行ったのか。

すると、数分して、ドアが開いた。
「ただいま〜」
素っ頓狂な声は亜樹だった。
俺は慌てて駆け寄ると、亜樹の肩をつかんだ。
「なに?どうしたの?」亜樹はわけがわからないといった様子だ。
「お前のお父さんが来てんだよ!」
すると、亜樹の表情が曇った。
「何言ってるの?私のお父さんは、小学校の時死んでるけど?」
俺は金魚のように口をパクパクさせるしかなかった。
しかも、亜樹から聞いた父親の人となりは、さっきまでいた男とは似ても似つかなかった。
ならば、あの男はいったい何者だったのか・・・。

俺は亜樹に事情を説明すると、二人で逃げるように俺の部屋に向かった。
言うまでもなく、亜樹はすぐにそのアパートを引き払った。

-サスペンス, ショートホラー