ランニング #006

2017/10/25

 

早朝の川原には、霧が深く立ち込めていた。
田所俊作は、近所の川原の土手をランニングしていた。毎日走っているコースだった。
まだ午前5時を少し回ったところなのでほとんどひとけがない。
出勤前の早朝ランニングは頭をクリアにしてくれる。
走らずに会社に行くと、どうしても調子が出ないのだから、やはり効果はあるのだろう。定年まで残り3年。体調を崩さずなんとか乗り切りたいと思っていた。
しばらく走っていると、前方から声が聞こえてきた。

「エイオー、エイオー、エイオー」

掛け声を合わせながら集団が近づいてくるようだ。
その日はいつもより霧が濃かったので薄ぼんやりとしか姿は見えなかったが、野球部のユニフォームを着用した学生たちのようだ。

「エイオー、エイオー、エイオー」

声は次第に大きくなる。
ようやく姿が見えてきた。
すれちがいざま、ちらと目をやると、彼らは学生ではなかった。年齢はバラバラで、田所と同年代の人もいれば、ようやく高校に入ったくらいの少年も混じっていた。
草野球チームだろうか。田所は少し不思議に思ってユニフォームのチーム名を確認しようとしたが、泥だらけで読み取れなかった。みんな帽子をまぶかにかぶってうつむいている。
朝から過酷な練習をしたんだろうなと他人事のように思っていると、あっという間にランニングする集団は遠ざかっていった。
走り去る彼らの背中を眺めながら、何気なく人数を数えてみたら、ちょうど12人だった。

それから、しばらく土手を走っていくと、今度は後ろから声が聞こえてきた。

「エイオー、エイオー、エイオー」

さきほどの集団だった。
もう引き返してきたのかと少し違和感を覚えたが、それ以上は気にしなかった。
後ろから声が追いかけてくるが、追いつかれはしない。そんな状態がしばらく続いた。
それから5分ほど走って、田所は土手を降りて住宅地へと入っていった。
これで彼らともお別れだろうと思っていたら、「エイオー、エイオー、エイオー」という掛け声が再び後ろから聞こえてきた。
ここまで走るコースが一緒とは奇妙な偶然があるものだと思った。
しかし、偶然が一度ならず二度、三度と繰り返されると、田所は次第に気味の悪さを覚え始めた。
さっきからいくつも角を曲がっているのに、声はまだついてくる。
田所はランニングする集団と離れたくて、あえて、さっきまで走っていたコースに引き返す道に角を曲がった。
だが、やはり声はついてきた。

私についてきているのか・・・?

しかし、早朝ランニングする集団が、一介の会社員を追い回す理屈など思いつかなかった。
その後、ペースを上げてみたが、声はぴったりとついてくる。
ちらと後ろを振り向くと、霧のせいで集団の姿は薄ぼんやりとした黒い影にしか見えず、それがかえって不気味だった。
田所は、次第に後ろを振り向けなくなった。
彼らはいつまでついてくるんだ?
このまま家までついてくるのではないだろうな。
一体、目的はなんなんだ。
新手のいたずらか何かだとしたらタチが悪すぎやしないか。
息が上がり、心臓の鼓動は早まる一方だった。

その時、焦っていたせいか、間違って袋小路に入ってしまった。
慌てて引き返そうとした時、ちょうど、彼らが角を曲がってくるところだった。

「エイオー、エイオー、エイオー」

掛け声はやまない。

「エイオー、エイオー、エイオー」

ぐんぐん近づいてくる。
彼らはいったいなんなのだ・・・。
そもそも彼らは、本当に生きているのか・・・。

「エイオー、エイオー、エイオー」

ランニングする集団は止まることなく田所めがけて走ってくる。
声は、もう田所の目の前まで迫っていた。
彼らの顔が見えた。
田所は、叫び声を上げた。

朝霧あさぎりかすむ土手。
ユニフォームを着た集団が走っていく。年齢はバラバラだ。
彼らは、ちょうど13人だった・・・。

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