第4話「捨て神」

2016/08/30

「佐久間。お前、神様いらないか?」
そんな、奇妙な質問をしてきたのは、大学のサークル仲間の金村だった。
金村は、神社の跡取り息子だから、酒に酔って冗談を言っているのかと初めは思ったが、どうもそうではないらしい。
金村は、きょとんとしている僕に、「実はな・・・」と説明を始めた。
金村の実家の神社では、まつられなくなった神棚や仏様を回収するという一風変わった仕事をしているのだという。依頼は途切れることなく入ってきて、神社の中は神棚や仏様で溢れているらしい。そして、ついには、倉庫にまで入りきらなくなってしまったので、引き取り手を探しているという話だった。
「引き取り手って・・・。捨て犬ならぬ、捨て神様かよ」と僕は言った。
「いや、まったく、その通りなんだよ。神事を軽んじる人間がそれだけ増えたってことなんだろうな」
「神棚を祀るとなにかいいことがあるのか」
「ご利益は保証する。引き取り手の中には、その後、宝くじで一等当てたっていう人もいるし。ただし、1日1度必ずお供え物をしないといけない。お菓子でも御飯の残りでも、水でもなんだっていい。けど、必ず」
「・・・それ、もし忘れたらどうなるんだ?」
「・・・粗末に扱われた神様は、荒神あらがみになって祟りを起こすかもな」
「祟り?」
僕は、心霊や呪いの類は信じてはいないけど人並みに怖い。渋い表情になっていたのか、金村は取り繕うように言った。
「いや、よっぽど粗末な扱いをしなければ大丈夫だよ」
金村の態度から察するに、よほど引き取り手に困っているのだということがわかった。
正直、不気味に思う気持ちの方が勝っていたが、友人に対する気兼ねと、何より僕がその当時、色々なことで人生の岐路にたっていて、何かにすがりたい気持ちがあったこともあり、神棚を一つ引き取ることにした。

翌週。約束通り金村は神棚を僕のアパートに運んできた。
神棚は、朽ちて薄汚れていた。板は腐っているし、いたるところに傷があり、白蟻にでもたかられていたかのような小さな穴がぼこぼこ空いている。
しかし、金村曰く、こういう神棚にこそ力が宿っているのだという。
僕は、使わなくなっていた座卓を押入れから引っ張り出してきて、神棚を置いた。
コンビニ弁当の御飯を小皿に取り分けて、それっぽくお供えして手を合わせてみる。
金村は、お供えをする作法は特にないと言っていた。それよりも信心の方が大事らしい。

以来、僕は、毎日欠かさずお供え物をして神棚に手を合わせた。
一週間ほどすると、だいぶ慣れてきて、日課として身体に染み付いてきた。
しかし、ご利益らしいご利益は今のところ何もない。
金村を問いただすと、「すぐにご利益があるとは限らない」とはぐらかされてしまった。
やっぱり担がれて邪魔な神棚を押し付けられただけなのではないかと不安を感じ始めた。

その頃、僕は大学3年の冬を迎えていて、就職活動のシーズン真っ最中で、第一志望の企業の最終面接を3日後に控えていた。
また、付き合って2年になる彼女の真由子との関係もターニングポイントにさしかかっていた。僕は、第一志望の最終面接で内定が取れたら、結婚を申し込もうと思っていた。神棚にご利益があるというのなら両方ともよい結果がでるはずだ。僕は、そう期待していた。

しかし、3日後に期待は最悪な形で裏切られることになった。第一志望の企業の最終面接に向かう前、カフェで時間を潰していたら、置き引きの被害にあったのだ。気づいた時には遅く、警察への事情説明を終えて、企業への連絡をした頃にはとっくに面接の時間を過ぎていた。企業の採用担当者は事情を考慮して面接に応じてはくれたものの乗り気でないのは表情から明らかだった。当然のごとく、採用は見送りだった。
その帰り。僕は慰めてもらいたくて、真由子の部屋に向かった。しかし、僕の虫の居所が悪かったせいか、些細なことから始まった言い争いはお互いの不満をぶちまける大喧嘩となり別れ話へと発展した。
「もういい!別れよう」
僕は、そう言い捨てると飛び出るように真由子の部屋を後にした。

僕は自宅アパートに戻ってくると、まっすぐに神棚のもとに向かい、掴み上げた。
「何が、ご利益があるだ!」
僕は怒りを抑えられなかった。毎日、お供えをさせた結果がこれだというのか。望んだ結果どころか、最悪な結果を迎えたではないか。こんな打ち捨てられた神棚にすがった自分が馬鹿で哀れに思えた。僕は神棚を床に投げつけた。屋根の一部が壊れ、腐った木くずが床に散った。
ご利益もなければ、祟りだってないはずだ。僕は、近所の河川敷に不法にゴミが捨てられている場所があったことを思い出した。ポイ捨て禁止という立て看板があるにもかかわらず、粗大ゴミや家庭ゴミを捨てる人達が後を絶たず、いつもゴミの山ができていた。僕は、神棚を乱暴に担ぎ上げると、その場所まで走っていき、神棚を投げつけるように捨てた。それでもまだ怒りは収まらなかった。

それから3日後のことだった。
新聞を手にして、僕は呆気にとられた。今日の一面は、大企業の粉飾決算事件についてだった。東京地検特捜部が社屋の正面玄関に入っていく写真が大きく使われていた。僕は、先日、面接で訪れたばかりのその場所の写真を、しばらく呆然と見つめ続けるしかなかった。記事は、その企業の暗い未来を予感させるような内容だった。もし、内定が出ていたらと考えると、僕はゾッとした。事件を受けて、内定を蹴ったとしても、その時点で他の企業には全て断りを入れていたはずだ。ただでさえ心身ともに消耗する就職活動を、もう一度、一からやり直さなければいけなくなるところだった。
「助かった・・・」
心の声が口から出ていた。
・・・そうだ、真由子にもこのことを教えないと。そして、先日のことを謝ってやり直そう。勢いで真由子の連絡先を携帯電話から削除してしまったので、僕は連絡を入れず真由子のアパートに向かった。真由子のアパートの前についた時、ちょうど彼女が部屋から出てくるところだった。しかし、真由子は一人ではなかった。真由子の横には、見たことのない男がいた。二人は腕を絡ませて仲睦まじく出かけるところだった。男は昨夜、真由子のアパートに泊まっていったのだろう。二人の様子からして、昨日今日の関係でないことは明らかだった。僕は、黙って踵を返した。心の中を占めているのは、ショックよりも安堵だった。僕は、彼女のことをまるでわかっていなかった。このまま付き合いを続けていけば、彼女の本性に気づかないまま結婚を申し入れていた可能性だってあったのだ。
その時、僕の脳内を雷が走った。やはりあの神棚には本当に力があったんだ!ご利益はたしかにあったのに、僕がそれに気づかなかっただけだったのだ。神棚は、僕の間違った選択を止めようとしてくれたのに、僕は勘違いをして、期待していた結果を得られなかったからといって、あんなに酷い扱いをして神棚をゴミとして捨ててしまった。後悔の波が一気に押し寄せて来た。力のある神様に、なんて無礼なことをしてしまったんだ。僕は息が続く限り河川敷に向かって走った。

河川敷のゴミ山にたどり着いた時には、あたりは暗くなっていた。僕は、スマホの明かりを頼りにゴミの山を漁った。新しいゴミが追加されているせいで、神棚はなかなか見つからなかった。ようやくゴミに埋もれていた神棚を発見した時には捜索から30分以上経っていた。僕は、ゴミの山から神棚を救出すると、手を合わせて頭を下げた。心の中で何度も「ごめんなさい!ごめんなさい!ありがとうございました!」と唱えた。その時、辺りをぴゅーっと冷たい風が走り抜けた。妖気を纏ったような何とも不気味な風だった。背筋に悪寒が走った。金村の言葉が頭をよぎった。
「粗末に扱われた神様は荒神あらがみとなって祟りを起こすかもな・・・」
まさか・・・。
神棚の戸が風にあおられてカタカタカタと歯ぎしりのような音を立てている。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」僕は頭を抱えて、懇願するように叫び続けた。
風に巻き上げられて、ゴミの山が一斉に咆哮のような音を立てた。
「許してください!お願いします!」
その時、ピタッと風が止んだ。
僕は、ゆっくりと頭を上げた。
目の前に、まっ黒い顔があった。怒りに歪んだ形相で僕を睨みつけている。
「・・・ゆるすまじ」微かにそう聞こえた気がした。

-ショートホラー