横浜中華街の怖い話 #261

 

横浜中華街(よこはまちゅうかがい)は、神奈川県横浜市中区山下町一帯に所在するチャイナタウン(中華街)であり、 約0.2平方キロのエリア内に500店以上の店舗が集まった横浜有数の観光スポットだ。

そんな中華街にまつわる怖い話。

料理人のYさんは、就労ビザで中華街に出稼ぎにきた。
Yさんが働いていたのは、老舗の中国料理店。
お店のスタッフは、ほとんどが中国人で、日本人は数えるほどしかいなかった。

料理人の中にTさんという日本人がいた。
寡黙で真面目な性格で、将来、中国料理のお店を出すのを夢見る若者だった。

Yさんは、生まれた国こそ違えど、Tさんに好感を持った。
仕事の休憩時間に、簡単な日本語を教えてもらったり、代わりにTさんには中国語を教えたりするようになった。

Yさん以外の中国人スタッフは、Tさんに冷たかった。理由が特にあったわけではない。しいていうなら日本人というだけだった。

あえて早口の中国語で従業員同士で話したり、Tさんがいる目の前で中国語でTさんの陰口を言ったりした。

やっている側は軽い気持ちだったのだろう。
けど、やられている側のTさんは身を切られるような屈辱と孤独を感じていたに違いない。

それはTさんの顔を見れば明らかだった。
それにTさんはYさんから中国語を教わっていたので、自分が何を言われているか、どう笑われているか、理解しながら知らないフリをしているのを見るのはYさんにとってもつらいことだった。

何度かYさんはTさんを助けようと試みた。けれど、そうすると今度は攻撃がYさんに向けられた。
やがてTさんから「かばわないでいい」と言われ、それ以降、Yさんは見てみぬフリをしてしまった。
だが、それがいけなかったのだとYさんは後悔することになる。

Tさんへの悪質な嫌がらせはエスカレートするばかりで、ついに爆発したTさんは厨房の中華包丁を手に店で暴れた。
幸い怪我人は出なかったが、Tさんは警察に逮捕された。
Yさんは、連行されるTさんに声をかけたが、もうYさんの声が届くような状態ではなかった。

それから十数年。
Yさんは日本で結婚して子供ができた。
今では当時とは別の店で料理長をまかされるようになり、公私ともに順調だった。
だけど、テレビで陰惨なニュースを目にすると、今でもTさんを思い出し胸が痛むのだった。

そんなある時、Yさんのお店に中国の卸業者が営業にやってきた。
中国で製造した肉まんを仕入れて欲しいという話で、話を聞いた限りでは、今使っている業者より破格の安値だった。
安さの理由を尋ねると、原料の調達にコツがあるのだと担当者は笑った。

だけど、耳にしたことがない業者だったし、今までの付き合いもあるからと断ろうとYさんは思った。
なにより、安すぎるのが怪しかった。

けれど、味見だけでもと言って、業者は引き下がらなかった。
Yさんは、渋々、渡された肉まんを温めて二つに割った。
においをかいで一口ふくむと、水を取りにいく振りをして裏で吐き捨てた。

とんだ劣悪品だった。
臭いし食べられたものでない。
よほど悪い肉を混ぜているに違いない。
いくら安くてもお客さんに提供できるものではなかった。

きっぱり断ろうと思って、
裏から戻ると、卸業者の担当者の姿は消えていた。
Yさんの反応から、断られると判断したのかもしれないが、さっきまで、あれほど熱烈に営業をかけていたのに、挨拶もしないで帰るとは、無礼だし奇妙だった。

Yさんは、さっきの業者の人間に、何か引っ掛かるものを感じていた。
大事な何かを忘れているようなモヤモヤとした気持ちがした。

隣の店主に話を聞くと、中華街の別のお店にも同じ人物が営業をかけていることがわかった。
ほとんどの店が怪しんで断ったそうだが、なかには味見もせず、安さだけで仕入れたお店もあるらしい。

業者が訪れた翌日。
以前働いていたお店の元同僚からYさんに突然、連絡が入った。
辞めてから一度も以前の店の同僚とは連絡を取っていなかったので、意外な気がした。
その同僚は中国に戻って料理屋を経営していたはずだ。
どうしたのかと尋ねると、日本に残った別の元同僚と連絡がつかなくなったので何か知らないかという話だった。
中国に遊びに来る話になっていたのに、ふっつりと連絡が途絶えてしまったのだという。

元同僚は、どこか様子が変だった。
理由を聞くと、連絡がつかなくなった元同僚は、「Tさんらしき男の姿を見た」と最後に電話口で言っていたのだという。
彼らはTさんをいじめていた一派だった。

Tさんの名前を耳にし、Yさんは雷に打たれたような衝撃を受けた。

さっきの業者に感じたモヤモヤの正体がわかった。
長い年月が経って顔つきは様変わりしていたが、Tさんの面影があった。
あれは、Tさんだ。
卸業者の人間という先入観がYさんの目をくもらせていた。

「原料の調達にコツが・・・」
Tさんの言葉が頭の中をグルグルと回る。
Yさんは、慌ててゴミ捨て場の中から昨日の肉まんを引っ張り出した。

箸で細かく餡の肉をかき回す。
・・・Yさんは目を疑った。
餡の中に小さな固形物があった。
それは人の爪だった。

Tさんの行方は誰も知らない・・・。

※この物語はフィクションです。
実在の地名や団体とは関係ありません。

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