【怖い話】相手をしてはいけない

Xさんが、その女性と出会ったのは、一人娘を公園で遊ばせていた時のことだった。
女性はAさんといって、公園のベンチで2人はたまたま隣り合わせた。
XさんはAさんの顔を一目見て、自分と同じく小さな子供を持つ母親だと感じるものがあった。
「本当大変ですよね」
なんとなくXさんは声をかけてみた。
すると、Aさんは、苦笑いしてうなずいた。
挨拶や自己紹介などなくてもお互い育児の大変さで通じあう感覚があった。
「最近は変な大人が多いから目を離せなくて怖いですしね」
Xさんがそう言うと、Aさんは押し黙ってしまった。
あれ?変なことを言っちゃったかなと思って顔色をうかがうと、
Aさんは砂場で遊んでいる子供達を見つめて疲労の色が濃い顔つきで言った。
「大人じゃありません・・・本当に恐ろしいのは子供です」
「え?」
Xさんは意味がよくわからず聞き返してしまった。
子供の中にも粗暴な性格の子がたしかにいるが、そういう意味だろうか。
「・・・よければ私の話を聞いていただけませんか?」
その顔があまりに懇願するようだったので、Xさんは「私でよければ」と頷くしかなかった。
するとAさんがXさんに語り出した。

「・・・私は昔から子供が好きで学校も仕事も保育関係を選びました。決して仕事はラクではなかったんですが、それ以上にたくさんの子供達と触れ合えることが楽しかったんです。
ところが、ある日の帰り道のことです。
周りには田畑しかないような寂しい道を通って帰っていると、街灯の下にうずくまっている5歳くらいの男の子を見つけたんです。
時刻は22時過ぎ。
小さな子供が1人でいるにはあまりに遅すぎる時間です。
私は心配になって思わず声をかけました。
『どうしたの?お母さんは?』
すると、男の子は、私の方をクルッと振り返り、笑いかけてきました。
その瞬間、自分でもよくわからないのですが、私は男の子の笑顔を見て背筋がゾッとしたんです。
子供らしい無邪気な笑顔のはずなのに、異様な寒気を覚えました。
幼い子供に対してそんな感覚になるなんて、よほど疲れているのか、私は自分がおかしくなったんじゃないかと、その時は思いました。
この子はとても今不安なはずで、私がなんとかしないといけないのに。
私は、もう一度、
『お母さんは?』と尋ねました。
でも、男の子は無言で私の顔を見てニタニタと笑っているだけです。
何度話しかけても状況は変わりませんでした。
男の子は一言も口をきかず笑っているだけです。
私は次第に怖くなりました。
・・・その男の子は表情が一切、変わらないんです。
子供は普通、コロコロ表情が変わりますよね?
なのに、二チャッとした笑いが顔に張り付いたように表情が動かないんです。まるで笑顔の仮面をつけているように。
恐ろしくなってきて、私はその場を一刻も早く離れたくなってきました。
この子に関わっていたくない、そう思ってしまいました。
私は110番して警察の方に迎えにきてもらうことにしました。
住所を伝えて警察の方を待つ間、私は一度も男の子の方を見られませんでした。
でも、男の子からの視線は痛いほど感じていました。
やがて、自転車に乗って警察の方がやってきました。
『迷子のお子さんはどちらです?』
私はようやく解放されると思ってホッとして、『この子です』と答えましたが、警察の方はキョトンとした顔で私を見つめていました。
『どの子ですか?』
振り返ると男の子はいなくなっていたんです。
私はわけがわからず『さっきまでいたんです、本当です』とまくしたててしまいました。
警察の方は、子供を心配して私が興奮していると思ったのか、『大丈夫。まだ近くにいますよ』となだめるように言いました。
それから2人で近くを探したのですが結局男の子は見つかりませんでした。
辺りをパトロールしてみますと言って警察の方は去っていきました。
もしかしたら私の精神状態がおかしいのではと疑われていたかもしれません。
でも、とにかく、私はホッとしました。
これでもう関わらなくてすむ。
男の子が突然いなくなった奇妙さよりも、男の子と離れられた安堵の方が勝っていたのです。
私は、再び家路につきました。
今日はなんだか変な日だ。
歩く足取りは重く、どっと疲労感を覚えました。
やがて、通りの向こうに自分のマンションが見えました。
その時です。
鋭い視線を感じて振り返ると、さっきの男の子が立っていました。
あの不気味な笑顔を顔に貼り付けて。
私は心臓が飛び出そうなほど驚きました。
言葉が出てこず、しばらく互いに見つめ合いました。
『・・・お巡りさんが探してるよ?』
ようやく出てきた言葉はそれでした。
男の子は相変わらず無反応で二チャッと笑っているだけです。
もう限界でした。
男の子を心配する気持ちなんてどこかにいってしまいました。
私は逃げるように自宅の方に歩き出しました。
すると、後ろからトトトと足音が聞こえました。
振り返ると男の子が近づいてきていました。
全く変わらない同じ笑い顔のまま。
再び私が歩き出すと、トトトトと後ろから音がします。
・・・ついてきてる。
間違いありませんでした。
私は激しく後悔しました。
・・・声をかけたらダメだったんだ。
相手をしたらいけなかったんだ。
私は子供がついてこれないくらいのスピードで一気にマンションの前まで走り抜けました。
子供から走って逃げるなんて滑稽なことだと思うでしょう?
でも、その時、私は恐ろしくて仕方なかったんです。
これならついてこれないだろう。
振り返ると通りに男の子の姿はありませんでした。
・・・よかった。
そう思って視線を下に落として私は悲鳴をあげました。
すぐ真後ろの死角に男の子が立っていたのです。
のっぺりとした笑顔を上に向けて。
『なんでついてくるの?!』
尋ねても男の子は黙って笑っているだけです。
私は怖くて怖くて、なりふり構わず走って逃げました。
エントランスの入り口のドアはオートロックです。
私は1秒も立ち止まらず、ポケットから取り出した鍵でロックをあけて、マンションのエントランスに飛び込みました。
振り返り、エントランスのドアが閉まっていくのを見つめました。
男の子はもう追ってきていませんでした・・・。
ドアが閉まり切ったのを確認してようやく心が落ち着きました。
それからどうやって自分の部屋まで帰ったかはあまり覚えていません。
とにかく自分の部屋に帰り、靴を脱いで廊下を進むと、「ピンポーン」と後ろからチャイムの音がしました。
・・・まさか。そんなはずない。
背中を冷や汗がつたうのがわかりました。
ここまで来るなんてありえない。絶対ありえない。
足がガクガク震えました。
確認したくない。心からそう思いました。
でも、確認しないわけにはいきませでした。
玄関ドアまで戻り、ドアのスコープを覗き込むと、部屋の前に男の子が立っていたんです。
同じ笑顔のまま・・・わかりますか?本当に怖いのは子供なんですよ」

Aさんはそこまで一気に話すと、深く息を吐いた。
Xさんは頭が混乱した。
どうして子供を公園で遊ばせにきて怪談話を聞かされなければいけないのか。
怒りと苛立ちを感じたが、それ以上に戸惑いの方が大きかった。
一体、今聞かされた話はなんだったのか。
「・・・それからどうなったんですか?男の子は?」
聞かずにはいられなかった。
すると、Aさんは公園の砂場の方を見つめた。
砂場ではXさんの娘が一人砂遊びをしている。
その近くにもう一人、男の子の姿があった。
Xさんの娘に笑いかけている。
でも、その笑い方が子供らしくなくて、老人が笑っているようにXさんには見えた。
Xさんは咄嗟に娘の名前を叫んだ。
「あの子、きっと寂しいんです。あとはよろしくお願いしますね」
Xさんの耳元でAさんの声がした。
その声に振り返ると、Aさんの姿は煙のように消えていた。
そして、砂場には、Xさんの娘と薄気味の悪い笑顔の男の子だけが残された・・・。

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