【怖い話】理由なく怖い
・・・普通、誰も怖がらないものが理由なく怖い。
そんなものはないだろうか。
他の人にとっては何ら恐怖の対象ではないのに、
なぜか自分だけは怖くて仕方がない。
Xさんにとって、それはショートケーキだった。
スポンジ生地に生クリームとイチゴが乗った、どこでもよくみかけるショートケーキ。
幼い頃からなぜかXさんはそのショートケーキが怖くて仕方なかった。
見ているだけで汗が吹き出し身体は悪寒に震える。
食べようものなら、拒否反応で吐き出し、しばらく発熱してうなされる。
いちど精密検査を受けたこともあるが、アレルギーなどは何も発見されなかった。心因的な要因だろうと結論を下された。
成人してからもその恐怖は消えず、ケーキ屋の前を通るだけで鳥肌が立った。
ショートケーキが怖くてもさほど日常生活に支障はないのだが、困るのはお祝いごとの時だった。
家族に関してはXさんがショートケーキを生理的にうけつけないことを知っているので問題ないし、友人のお祝いであれば、やんわりと食べずにやり過ごすこともできるが、自分が祝われる立場の場合、主賓が一口もケーキを口にしないことで、場の空気をおかしくしたことが何度もある。それがきっかけかはわからないが、その後、縁が切れた人は1人や2人ではない。
・・・普通は怖くないものが怖い。
そういう体質なのだろう。
Xさんはそう諦めることにしていた。
だが、ある年、両親に手伝いを頼まれて実家の整理をしていたとき、Xさんは一本のビデオテープを見つけた。
ラベルにはXさんの名前と「3さいのたんじょうび」と書かれてあった。
全く記憶にはないがXさんの誕生日会の映像らしい。
Xさんは興味本位で、埃を被ったビデオデッキを引っ張り出して、テープを見てみることにした。
両親に囲まれて座る3歳のXさんが映っていた。
テーブルにはご馳走が並んでいる。
覚えていないのに、なせが懐かしい感覚がした。
若かりし頃の両親が手拍子をしてハッピーバースデーの歌を歌い始めた。
自然と顔が綻んだ。
だが、次の瞬間、Xさんの顔は凍りついた。
両親がいちごのショートケーキをお皿に乗せて運んできたのだ。
ケーキにはろうそくが一本立てられていた。
古い映像越しにケーキを見るだけでも、胃がムカムカして不快になった。
だが、3歳のXさんはケーキを怖がることもなく、食べたそうにしている。
少なくとも3歳までXさんはケーキを怖がったりはしてなかったようだ。
この後で何かがあってXさんはケーキを怖がるようになったのだろう。
だが、ケーキを恐れる理由なんてまるで思い浮かばなかった。
両親はロウソクに火を灯し、部屋の電気を消した。
ろうそくの火がゆらゆらと揺れて、部屋をぼんやりと淡く照らし出す。
そのとき、Xさんは映像の画面の端に映る異変に気づいた。
暗闇に溶け込むギリギリの暗がりに何かがいた・・・。
痩せ細ってこけた頬、乱れた髪、骨が浮いた腕、じっと幼いXさんをねめつける黒い瞳。
・・・それは女だった。
母も父も気づいていない。
ロウソクの炎が揺れるたびに、女の顔が現れたり消えたりする。3歳のXさんだけが、その女の存在に気づいていた。
じっと女の方を見つめるXさんを、母が必死にケーキの方に顔を向けさせようと努力していた。
そして、ようやくろうそくの火を吹き消させて、部屋は暗闇に包まれた。
その瞬間、3歳のXさんは大声で泣き出した。
慌てて父親が電気をつける。
映像の中の母親が「どうしたの?」とXさんをあやす。
それでも、Xさんは泣き止まず、女がいた場所を指さしていつまでも泣いていた。
その瞬間、画面がノイズ混じりに乱れ、映像は終わった。
背筋が凍った。
あのとき一瞬の暗闇でXさんの身に何があったのだろうか。
だが、間違いなく何かはあったのだ。
そして、そこで体験した何かこそ無意識にショートケーキを怖がるトラウマを引き起こす原因になったのではないか。
Xさんはそんな気がした。
Xさんは震える手でビデオテープを取り出し、両親にも話を聞いてみようと実家のリビングに足を運んだ。
すると、電気がついてない真っ暗なリビングのテーブルに、そこにあってはならないものがあった。
・・・いちごのショートケーキ。
両親が用意したはずがない。ありえない。
背中を冷たい汗が流れた。
暗闇の中、ろうそくの火がゆらゆら揺れて、ケーキを淡く浮かび上がらせる。
そして次の瞬間、
フッとろうそくの火が消え、Xさんは暗闇に包まれた・・・。