【怖い話】打上花火
「今日って、お祭りあったっけ?」
Kさんが電話口に唐突にそう言った。
JさんとKさんは高校3年のクラスメイト。
受験勉強のわからないところを聞きたくて、JさんからKさんに電話をかけていた。
夏休みに入り、各地で開催されるお祭りのニュースを耳にするが、
JさんとKさんが住む地域では、
お祭りは毎年8月の後半に開催されるのが通例だった。
「いや、お祭りなんて今日ないだろ。なんで?」
Jさんが答えると、Kさんは不思議そうにいった。
「打上花火の音がするんだよ、聞こえない?ドーン、ドーンって」
Jさんは耳をすませてみた。
・・・打上花火の音など聞こえない。
「ほら、また聞こえた」
Jさんは電話に耳をすませてみたが、電話口からも打上花火の音は聞こえなかった。
JさんとKさんの家は1キロメートルも離れていない。
Kさんに花火の音が聞こえるならJさんにも聞こえる距離ではあるはずだ。
「また上がった」Kさんには何発も花火が打ち上がるのが聞こえているようだが、Jさんには一向に花火の音は聞こえなかった。
「ちょっと、どこで祭りやってるのか、確認してくる」
そういったきりKさんの声はしなくなった。
通話中のまま、スマホを部屋に置いて花火を見にいってしまったらしい。
Jさんは、Kさんが戻ってくるのを待ったが、5分10分と経っても戻ってこない。いくら呼びかけてもKさんからの返事もない。
20分待って、さすがにJさんもそれ以上待ってられず、電話を切って、
インスタのDMに「結局お祭りやってた?」とメッセージを送っておいた。
・・・ところが、Jさんとの電話を最後に、それきりKさんは行方知れずになってしまった。
Jさんは、警察やKさんの家族にKさんが打上花火を確認しにいったという話をしたが、やはりその日に花火を打ち上げるようなお祭りは近隣のどこでも開催されておらず、怪訝な顔をされただけだった。
・・・Kさんが聞いたという打上花火の音。
あれは聞いてはいけない音だったのではないかとJさんは思っている。
ギリシャ神話には、妖しい歌声で船乗りを惑わして遭難させるセイレーンという人魚が登場する。
そのセイレーンの歌のように、Kさんは、花火の音に誘われて迷い込んではいけない禁忌の場所に引きずり込まれてしまったのではないだろうか。
あれから数年。
いまだKさんの行方については何の手がかりも得られていない。
夏になると、JさんはいつもKさんのことを思い出す。
その時、Jさんは、ふと遠くから花火の音が聞こえた気がした。
・・・はて、今日はお祭りの日だっただろうか。
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