【怖い話】形見分け

ある時、Tさんの自宅をSという男性が訪ねてきた。
Sは、Tさんの祖母の友人の家族だという。
その友人が亡くなったので、遺品を祖母に形見分けしたいというのだ。
祖母はとっくに亡くなっていると伝えると、代わりに受け取って欲しいと、丁寧に風呂敷に包まれた桐箱を見せてくれた。
箱の中には、湯呑みが入っていた。
凝った意匠が施されていて、骨董品の価値はわからないがそれなりの値がする品に思われた。
是非と差し出され、断るのも逆に申し訳ないかと思って、Tさんは湯呑みを受け取ることにした。

けど、それ以来、家でおかしなことが起こり始めた。
夜になると家鳴りが頻発して起こるようになり、アクシデントに何度も見舞われ怪我までした。
迷信深い方ではないTさんだったが、異変が起こり始めたのと湯呑みを引き取ったタイミングは完全に合致している。
Tさんは、譲り受けた湯呑みがあまりよくないモノなのではないかと疑い始めた。
そういう目で見ているからか、湯呑みから禍々しいオーラを感じさえする。
このままではいけないと思ったTさんは湯呑みを返そうと思い、祖母の葬儀の名簿を引っ張り出してSさんの連絡先を調べようと思った。
けど、何度見ても、Sという苗字の人は参列者の中にいなかった。
わざわざ形見分けするような間柄の人が祖母が亡くなった時に式に参列しなかったのだろうか。
不思議に思いつつ、祖母の遺品に連絡先が書かれたものがないか確かめていると、一冊のノートを見つけた。
祖母が生前、連絡帳として使っていたノートだ。
ページをパラパラめくっていると、ノートの最後に殴り書きのような文字で、たった一言、こう書かれていた。

『Sからは何も受け取らないように』

祖母自身の覚え書きか、それとも孫のTさんに向けて書き残したものなのか。
定かではないけど、祖母とSという苗字の友人の間に何かよからぬわだかまりがあったことをニオわせる書き残しだった。

ひょっとしたら、あの湯呑みは忌まわしい念が込められた品で、祖母への呪詛として形見分けしようとしていたのではないか。
そんな気がして仕方がなかった。

結局、湯呑みはお寺に納めて引き取ってもらうことにした。
湯呑みがなくなってからというもの、Tさんの家でおかしな現象が起こることはなくなったという。

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