宮崎のホテルの怖い話

Nさんには、不思議な記憶がある。
幼い頃、家族旅行でホテルに宿泊し、夜部屋を抜け出して廊下を歩いていると、怖い女の人に追いかけられたという記憶だ。
不思議なのは、その記憶自体ではない。
家族に話しても、Nさんが幼い頃に、家族旅行でそんなホテルに泊まったことなどないというのだ。
夢で見たことを実際の記憶だと思い込んでしまっているのだろうか。
それにしても鮮明に廊下の壁紙や女の人の顔を覚えている・・・。
不思議だなとNさんはずっと思っていた。

30歳目前になって、結婚を意識する彼女ができたNさんは、その彼女と宮崎に旅行にいった。
彼女が宿泊予約してくれたホテルに一歩足を踏み入れた瞬間、Nさんは長年の疑問の答えを見つけた。
広々とした吹き抜けのロビー。
シャンデリア。
記憶にあるホテルと細部まで一緒だった。
「どうかした?」
しばらく呆然と立っていたNさんに彼女が声をかけてきた。
部屋に着いてから、Nさんは彼女にはじめてNさんの不思議な記憶について話をした。
「このホテル、記憶とそっくりなんだ」
「本当に来たことないの?」
「家族が嘘つくとは思えないし」
「なんなんだろうね、、、」
彼女も不思議そうに首をかしげた。

ホテルを探索してみると、廊下の壁紙からレイアウト、なにからなにまで記憶の通りだった。
この廊下で、怖い顔をした女の人に追いかけられたのだ。
鮮明に記憶が映像として蘇り、ブルッと寒気がした。
まさか、これから、起きる予知夢みたいなものじゃないだろうな・・・。
Nさんは、そんな風に思って、少し怖くなった。
けど、せっかくの旅行を台無しにしたくなくて、彼女には怖がる素振りは一切見せないようにした。

ディナーを食べて部屋に戻る頃には、20時を過ぎていた。
せわしない日々を忘れて、ゆっくりと彼女と時間を過ごし、日付が変わる頃、Nさんと彼女は就寝した。
旅の疲れかすぐに眠りに落ちたけど、しばらくしてハッとNさんは目を覚ました。
時計を確認すると深夜2時。
隣で彼女はスヤスヤと眠っている。
心臓がドキドキとしていた。
なぜなら、起きる直前に、記憶を夢で見ていたからだ。
子供のNさんがこのホテルの廊下を歩いていると、後ろから怖い顔をした女の人が追いかけてくる。
走っても走っても逃げられず、女の人はどこまでも追いかけてきた。
この記憶にどんな意味があるのか・・・。
Nさんは彼女を起こさないようにそっとベッドを抜けて、ドアを開けて廊下を眺め回した。
いるはずがないとわかっていても、記憶にある女の人がいないことを確かめずにはいられなかった。
深夜なので廊下には当然人はいなかった。
ホッと胸をなでおろした。
けど、眠気はまるでなかった。
椅子に座り、飲みかけのお酒を胃に流し込んだ。
アルコールで眠くなることを祈って。
しばらく彼女の寝姿を眺めながらボーッとしていると、部屋の入口のドアが開いて隙間ができているのに気がついた。
さっき閉めたはずなのにおかしいなと思いながら、ドアを施錠しにいく。
閉める前にもう一度、隙間から顔だけ出して廊下を確かめた。
すると、床に、帽子が落ちているのが見えた。
それは、記憶の中で、幼いNさんが被っていたものと同じだった。
なんでここに?
Nさんは、廊下に出て、帽子を拾いにいった。
屈んで帽子を手に取り顔をあげると、廊下の向こうに立つ人影が見えた。
心臓の音が聞こえそうなほど恐怖を感じた。
人影は、記憶の中でNさんを追ってきた女の人だった。
実在したのだ・・・。
Nさんは慌てて部屋に戻ろうとして、オートロックだということを思い出した。
ドアが開かない。
廊下の向こうから、記憶の中の女の人が、Nさんに向かって勢いよく走り出した。
Nさんは、おもいきりドアを叩いて彼女に「開けて!」と呼びかけたが反応はない。
ドアノブをガチャガチャとひねりながら、廊下の先を確認すると、女の人はもう目と鼻の先まで迫っていた。
女の人の手がグンと伸びて、Nさんの首を絞めて・・・
ハッと目がさめた。
椅子に座ったまま眠ってしまい、夢を見ていたらしい。
汗びっしょりだった。
夢でよかったと安堵して、グッタリと椅子に身体を沈めた。
次の瞬間、Nさんは背後に人の気配を感じた。
・・・いる。
夢じゃなかったのか。
恐怖で後ろを振り返れなかった。
ポケットからスマホを取り出して、カメラを起動して内部カメラにする。
スマホのカメラを後ろに向け、鏡のように使って、背後を確認した。
後ろには何も映っていなかった・・・。

「昨日あまり眠れなかったの?疲れた顔してる」
朝食の席、Nさんは彼女から心配された。
Nさんは笑って誤魔化した。
スマホで背後を確認した後の記憶がなく、Nさんはソファではなくベッドで目を覚ました。
どこからどこまでが現実だったのか、それとも全てが夢だったのかがよくわからなかった。
身体は眠ったとは思えないほどとても疲れていた。
このホテルを見つけた時は長年の疑問がようやく解消するような気がしたが、かえって謎が増えてしまった。
あの記憶の正体は何で、あの女性は誰なのか。
わけがわからなかった・・・。

朝食を食べて部屋に戻ると、Nさんは、なにげなくスマホのカメラロールを見てみた。
すると、彼女と2人で自撮りした写真が数枚あったあと、撮影した覚えのないホテルの部屋の写真があるのに気がついた。
夜の部屋の様子を撮影した写真だ。
アングル的には、ちょうどソファから背後を写した時と一致している。
その写真の隅には、何かが画面外にサッと動いたようなブレた線が写り込んでいた・・・。
昨日の夜の出来事はやはり本当にあったことなのか。
それは、いまもわかっていないという・・・。

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