【怖い話】ひとりぐらしのひとりごと
「1人暮らしをしている部屋で、ひとりごとをずっと話していると、返事がかえってくることがある」
そんな怖い話を友達のNから聞いた。
返事を返してくるのは幽霊なのだという。
だから、あまり、相手がいるかのようにひとりごとを言わない方がいいのだそうだ。
そんな話を聞いていたからか、私は部屋の中でひとりごとはなるべく言わないように心がけていた。
けど、コロナでリモートワークが増えたせいで、ひとり閉じこもっている時間が多くなり、自然とひとりごとが増えた。
別に誰かにしゃべっているつもりはないけれど、「今日何食べようかな」と口に出してしゃべっているのに後で気づいた時は、自分でもびっくりした。
人と会わない寂しさにメンタルをやられているのかと自分の精神状態が心配になった。
誰かの声が聞きたくて、友達のNに電話をかけてみた。
とりとめのない話をするうち愚痴っぽくなっていった。
「1人暮らしのリモートワークはきついよな。幽霊でもいいから会話できる人がいる方がいいかもな」
もちろん冗談だった。
「お前、あまりそんなこと言わない方がいいぞ。本当に霊が寄ってきたらどうするんだよ」
それは嫌だ。
その後、くだらない話をして1時間ほどでNとの電話を終えた。
時計を見ると、夕方19時。
そろそろ夕食の調達をしないといけない時間だ。
彼女でもいたら一緒にご飯を作ったりできるんだろうなと想像が膨らみ、「はぁ」と深い溜息が出て、「彼女欲しい」と思わずひとりごとをつぶやいてしまった。
その時だった。
「・・・わたしがいるじゃない」
耳元で女の人の声が聞こえた。
聞き間違いじゃない。
吐息がかかるくらいの距離で発された声だった。
ビクッと身じろぎして部屋を見回した。
もちろん誰もいない。
ゾッとして、スマホと財布を手に取って、慌てて部屋を飛び出した。
コンビニに駆け込み、Nに再び電話をした。
「声した!声」
「だから言ったろ。寄りつくって」
「どうしたらいい?」
「無視するしかないよ」
コンビニで夕食を買って部屋に戻った。
電気をつけて部屋中をあらためた。
おかしなものはない。
しかし、住み慣れた自分の部屋という感覚はもうしなかった。
この部屋のどこかに、あの声の主が潜んでいるような気がしてならなかった。
ソファに座って、コンビニ弁当を食べ始めた。
静かなのが怖くて、テレビをつけた。
何も起きない・・・。
数秒起きにキョロキョロと周りを見回してしまう。
ようやく弁当を食べ終えたけど、何の味もしなかった。
その日は、とても寝つきが悪く、朝まで自分の想像が生み出す恐怖と闘うはめになった。
数日何も起きない日が続いて、ようやく、あの声のことを思い出さずにすむようになった。
しかし、誰とも顔をあわせず、1人寂しくワンルームの部屋で過ごす生活は変わらない。
早く自粛期間が終わってくれないかと切に願った。
その後も何度かひとりごとが出そうになることはあったけど、グッとこらえた。
そんなある日、Nが家に遊びにきてくれることになった。
久しぶりに顔を合わせる。
玄関を開けると見慣れた友人の顔があって妙に安心した。けど、久しぶりに会うからか、長年の友人なのに初対面の人と会うような奇妙な感覚も同時にした。
対面でのコミュニケーションがこんなに心を揺さぶるものかと驚いた。
まるで無人島で数年過ごして、久しぶりに人に会ったような気持ちだった。
Nを部屋にあげて、飲み物を用意する。
「何飲む?」
「・・・なんでもいい」
背中を向けてそう言ったNの声はやけに高く聞こえた。
風邪でもひいているのか。
その時、LINEのメッセージ到着をつげる通知がスマホに来た。
見ると、Nからで、「ごめん、少し遅れる」と書かれていた。
わけがわからなかった。
今目の前に、Nはいるのに・・・。
背中を向けていたNがゆっくりと振り返る。
「・・・わたしがいるじゃない」
その声は、間違いなく、あの日、ひとりごとに返事をしてきた女の人の声だった・・・。
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