【怖い話】いきたくない

先日、病院に行った時のことだ。
「いきたくない、いきたくない」
と病室の前で小さな男の子が泣き叫んでいた。
予防接種か何かなのだろうか、診察を怖がっている様子だった。
「いい加減にして」
男の子のお母さんがイライラと子供の手を引いて病室に連れて行こうとするが、男の子は足を踏ん張って動こうとしない。
しまいに、お母さんが根負けして、看護師さんに断りを入れて、男の子を連れて帰ってしまった。
自分にも、昔、あんな頃があったのかなと微笑ましく思っていると、自分の名前が放送で呼び出された。
「3番のお部屋にお入りください」
男の子が入るのを嫌がっていた病室だった。
スライドドアを開けて病室に入ると、白衣を着た医師が背中を向けて立っていた。
丸椅子に座って診察を待った。
すると、看護師さんがやってきて、
「もうすぐ先生きますからお待ちくださいね」
と言った。
(え、そこに立っている人は先生じゃないのか?)
と思った矢先、
隣の部屋から中年の医師が出てきて私の向かいの椅子に座った。
私の目は背中を向けたままのもう1人の医師から離せなくなっていた。
よく見ると、その医師はおかしかった。
病室の照明は明るいのに、その医師の姿だけ、輪郭がぼやけて色が暗い。
カラーの映画の中に1人モノクロの登場人物が混じっているようだった。
目の前に座った医師と見比べると一目瞭然だった。
背中を向けた医師がゆっくりと振り返る。
私は悲鳴をあげそうになった。
鉛筆で紙を黒く塗りつぶしたような、暗く澱んだ顔つき。
この世のものではないのは明らかだった。
「どうかされました?」
遠くを見ている私に、目の前の医師が不思議そうに声をかけてきた。
「・・・すみません、ちょっと」
私はその場を辞して、受付で、「用ができたので」と取り繕ってその日の診察をとりやめた。
「いきたくない、いきたくない」と男の子が部屋に入りたがっていなかったのは、あの医師が見えていたからなのかもしれないなと、私は帰りながら思っていた。
病院には霊が出やすいというが本当に見てしまうなとは・・・。
まだ心臓が早鐘を打っている。
気持ちを落ち着かせようと売店に立ち寄って飲み物を買おうと思った。
すると、売店に「いきたくない」と言っていた男の子と母親の姿があった。男の子の機嫌を取るために売店に寄ったのだろうか。
商品を選んでいる母子を横目に私は棚から炭酸飲料を手に取った。
と、男の子がふと私の方を見て、ギョッとしたように目を見開いた。
「おじさん・・・その人、連れて帰るの?」

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