【怖い話】SNS婚

私の友達のKさんは、SNS婚をした。
といっても、SNSで出会ったのがきっかけで結婚したわけではない。
SNS上の顔も知らない相手と「結婚」しているのだ。
素性も知らない相手なので、正式に婚姻届を出しているわけではない。
当人同士が「結婚」しているという設定で暮らしているとでもいえばいいだろうか。
なんとも不思議で奇妙な関係だが、Kさんはいたって幸せそうだ。
どんな暮らしをしているのか気になって、一度、思い切って尋ねたことがある。
日常のやりとりはSNS上のDMを使い、直接話したい時はオンラインMTGアプリを使うそうだ。
しかし、お互いアバターを用意しているので、顔は知らない。
画面越しに一緒に夕食を食べ、同じドラマや映画を見て、同じ時間を過ごす。
Kさんは幸せそうな顔で、「穏やかで平和な暮らしです」と言った。
「もしかしたら、相手は女の人じゃなくて、実は男かもしれないよ?」
あまりにKさんが幸せそうなので、私はちょっとイジワルをしてみたくなって、そう指摘してみたのだが、Kさんは変わらずニコニコして、
「知らない限りは、関係ないですから」と答えた。
結婚13年目で子供も大きくなってきて漫然と日々を暮らしている私にとっては、非日常的なKさんの暮らしは、うらやましい気持ちとは少し違うけれど、新鮮に映った。

それから、コロナ禍でリモートワークが増え、Kさんと顔を合わせる機会は減った。
近況を聞けていなかったが、リモート婚じゃないけれど、Kさんみたいな人の方がこういう状況では楽しく暮らしているのかなと想像していたりした。
ところが、そんな矢先、上司から連絡が入った。
Kさんが行方不明になったとKさんの実家から会社に連絡が入ったというのだ。家賃滞納で実家に電話があって発覚したらしい。
Kさんのマンションの郵便ポストは、ダイレクトメールや不在の郵便物で溢れていたという。
私は、それを聞いて奇妙に思った。
つい先日もKさんとリモートで打ち合わせをしていたからだ。
私は、慌てて、KさんのLINEに連絡をしてみたが、既読にならなかった。
どうにか連絡を取れないかと考え、KさんのSNSにDMを打ってみた。
すると、すぐに返事がきた。
『どうかしましたか?』
騒ぎになっているのも知らず、なんとも呑気な返事だった。
『どこにいるの?みんな探してるよ』
私は急いで返事を打った。
『どこって、ここにいるじゃないですか』
『ここってどこ?』
『ここはここですよ』
『だから・・・』
返事を書く手が止まった。
Kさんが「ここ」と言っているのは、このSNSのことか。
自分はこのSNS上で生きている、そうKさんは言いたいのかと思って、
背筋が寒くなった。
私の返事を待たず、Kさんが追加でメッセージを送ってきた。
『こっちの世界は最高ですよ』
まさか本当に・・・SNS婚の果てに、SNSの世界の中に入ってしまったとでもいうのか。
いや、いくらなんでもそんなSFみたいな話があってたまるか。
冗談はやめるよう、たしなめる文章を書いていると矢継ぎ早にKさんからメッセージが飛んできた。
『実は、子供ができたんです』
『春には生まれます』
『よかったら、こちらの世界にご招待しましょうか』
私は、手が震えるを感じた。
何を言っているんだ。これは現実なのか。
『妻もこの暮らしが一番だと言っています』
そして、一枚の画像が添付されてきた。
Kさんと奥さんのアバターが並んで笑顔で写っている。
奥さんのアバターはお腹のあたりがふっくらとしていた・・・。
私は、慌てて、そのSNSアプリを閉じ、それから二度と起動していない。
Kさんの行方はそれきりわかっていない。
だが、同僚に聞くと、KさんのSNSは、幸せな夫婦生活のつぶやきで、今も更新されているという・・・。

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