金沢のホテルの怖い話

北陸新幹線でおよそ2時間30分。
私がはじめて金沢を訪れたのは2年前。
会社の社員旅行でだった。

兼六園、21世紀美術館、茶屋街という観光名所を巡って、ホテルに戻ると宴会となった。
ホテルは金沢駅からほど近い場所にあった。
その日だけは、無礼講で、日頃の仕事のしがらみを忘れ、大いに飲んで食べ、みんな楽しそうだった。
部屋に戻ったのは午後11時過ぎ。
場所をホテル内のラウンジにかえて、まだ宴会は続いていたが、私はすっかり酔いも回ったので先に引き上げてきた。
部屋は1人ずつシングルルームを割り当てられていた。
ベッドで横になると、すぐにでも眠りに落ちそうだった。
その時、コンコンとノックの音がした。
ドアを開けると、誰もいなかった。
不思議に思って、廊下をキョロキョロ見回したけど、人の姿はなかった。
聞き間違いだったのだろうか。
でも、はっきりノックの音が聞こえた気がした。
まさか、心霊現象だろうか、、、
ベッドに戻ったけど、眠気と酔いはすっかり吹き飛んでしまった。
1人でいるのも怖くなり、宴会場に戻ろうと思った。
エレベーターを降り、ラウンジがある2階に降りた。
けれど、2階でエレベーターを降りた瞬間、違和感を覚えた。
とても静かだったのだ。
ついさっきまで、カラオケを熱唱したりして、あんなにガヤガヤとしていたのに。
廊下を進み、ラウンジを覗いてみると、誰の姿もなかった。テーブルの上もきれいに片付けられている。
私が先に部屋にあがってから10分も経っていないが、もうみんな部屋に引き上げてしまったのだろうか。
妙に早い気がしたけど、ラウンジの閉店時間だったのかもしれない。
誰もいないラウンジは、張りつめるような静けさで、とても寂しくて孤独な気持ちにさせられた。
私はその足で一階のロビーに降りた。
シンとした場所から、人がいるところにいきたかったのかもしれない。
ところが、ロビーにもひとけがなかった。
ソファにも、フロントにも人の姿がない。
奥のスタッフルームにいるのかと思い、用件もないのに、フロントの呼び出しベルを押した。
何分待っても、何回ベルを押しても誰も出てこない。
小さなホテルでもないのに、ロビーフロアに誰もいないなんて、、、
私は正体のわからない不安に襲われ、エレベーターで自分の部屋があるフロアに引き返し、同僚が泊まる両隣の部屋をノックした。
多少、迷惑がられてもいい。
とにかく、誰かに会いたかった。
でも、いくらノックしても誰も出てこない。
そのフロアの全ての部屋をノックしてみたけど、誰一人として反応がなかった。
電話をかけてみても、同僚の誰もでなかった。
まるで、ホテルから人が全員消えてしまったみたいだ。
そんなことあるはずがない、、、
私は再びロビーに引き返し表に出てみた。
表は幹線道路だから人や車がいないわけがない。
そのはずなのに、なぜか車も一台も走ってなければ、通りに人の姿はまったくなかった。

呆然とするしかなかった。
いったいなにが起きているのだ。
私以外の人間が全員消えてしまったとでもいうのだろうか。
冷たい風が頬にふきつけた。
暗く誰もいない道に立っていると、別世界に迷い込んでしまったようで、ますます不安になってきて、私はホテルに引き返した。

ロビーに足を入れた瞬間、視界の隅に人影が見えた気がした。
若い女性だった。
女性はエレベーターホールの方に歩いていった。
人がいる!
ただそれだけのなのに、私は気持ちがたかぶり、女性のあとを追いかけた。
一機、エレベーターのドアが開いていた。
覗くと、エレベーターの奥に女性が背中をこちらに向けて立っていた。
声をかけようと思って口を開きかけたが、直前で、私はためらってしまった。
仲間を見つけたような気持ちで追いかけてきたが、この女性は、本当に声をかけていい人なのだろうか。
なぜか、そんな気がしたのだ。
もしかして、このおかしな世界の住人だったら、、、
でも、1人は嫌だ。
それに、この女性も私と同じように不安に思っているかもしれない。
声をかけるべきか、かけないべきなのか。
葛藤するうちに、エレベーターのドアは目の前でしまっていった。

すると、次の瞬間、人の話し声が洪水のように耳に流れ込んできた。
振り返ると、ロビーに人がいた。
ホテルのスタッフや宿泊客、それに見知った同僚の顔もあった。
もとに戻った、、、
安堵から、腰がくだけそうになった。
やはり、女性に声をかけなくて正解だったと思った。
もし声をかけて、エレベーターに乗り込んでいたら、あの世界に引きずり込まれたまま戻ってこれなかったかもしれない。
そんな妄想が膨らんだ。

同僚が私を見つけ、声をかけてきた。
「あれっ、部屋あがったんじゃなかったの?」
「いや、それが、、、」
なんと説明していいのかわからず、口ごもってしまった。
「あ、わかった。まだ飲みたりないんだろ?」
「・・・あぁ、もう少し飲もうかなと思って」
私はひとりになりたくなくて、結局、朝方まで同僚につきあい宴会に参加した。
人がいて賑やかなだけで、これほど安心感を覚えたことは今まで一度もなかった。
おかげで、強烈な二日酔いになってしまった。

次の日、ぐったりして、ロビーのソファに座り、チェックアウトを待っていると宿泊客とスタッフの慌てたやりとりが聞こえてきた。
「本当なんです。友達が朝になったらいなくなっていて。連絡もつかないんです」
若い女性が目を潤ませて、スタッフに訴えかけている。
「警察を・・・」とか、スタッフは応対していたが、出発の時間になったので、それ以上は聞けなかった。
まさかとは思うが、昨晩、ホテルから、あのおかしな世界に迷い込んでしまい帰れなくなっている人がいるのだろうか。
もしかして、あのエレベーターの女性が、、、?
私はそうでないことを強く願って、帰りのバスに乗り込んだ。

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