【怖い話】ディープフェイク

Mさんは23歳。
アパレルショップの店員として働きながら、趣味でYouTubeやツイッターなどでSNS投稿をする、今時の若い女性だ。

ある時、Mさんが働くショッピングモール全体で、何店舗も万引きの被害にあう事件があった。
幸いMさんが働くお店は被害にあわなかったのだが、各店舗共通の休憩所で休んでいると、みんながなぜかMさんを見てくる。
しかも、盗み見るような、あまりよくない視線を感じた。
不思議に思って、仲のいいスタッフのSさんに声をかけると、物陰に連れて行かれ、ある動画を見せられた。
万引きの犯行映像がモールで働く人達の間でシェアされているらしく、その映像だった。
粗い粒子のカメラ映像の中、ひと目を盗んで商品をバッグに滑り込ませる女の顔を見て、Mさんは言葉を失った。
まぎれもなく自分の顔だったのだ。
「Mと似てるってみんな噂してるの」
「けど、私じゃない!だって、、、」
万引きがあったという時間帯、Mさんはずっと自分のお店で働いていた。
鉄壁のアリバイがあるMさんに万引きなどできるわけがない。
「みんなMじゃないってわかってる。けど、あまりに似てるから、みんなとまどってて」
「なんなのこれ、、、」
Mさん自身ですら自分だと錯覚したのだから他の人達はなおさら勘違いしただろう。
「もしかして、これディープフェイクってやつじゃない?」
「ディープフェイク?」
Mさんには聞き慣れない言葉だった。
「AIを使って、画像から本物そっくりの偽動画が作れるってやつ。芸能人とかけっこう被害にあっているって」
「でも、誰が、わざわざこんなこと、、、」
折り合いが悪かった人なら何人か思い浮かんだが、こんなことをされるほど誰かに恨まれる覚えはなかった。
それとも自分が知らないうちに恨みを買ってしまっていたのだろうか。
不安な気持ちがむくむくと膨らんだ。
「この映像、誰から送られてきたの?」
「ショッピングモールのツイッターにDMで送られてきたらしいよ。それが拡散されてるの。出所はわかってないらしいよ」
その日は、働いていても、周りの目ばかり気になって憂鬱な気分になった。

Mさんは、家に帰ると、ディープフェイクについて調べてみた。
検索でヒットするのは猥褻な動画ばかり。
すぐに気が滅入って、それ以上、調べるのはやめた。
気分を直すため、スマホでYouTubeアプリを開いた。ライブ配信をしようと思ったのだ。
週に2、3回、ファッションやメイクについて定期的に配信していて、登録者もインフルエンサーを名乗るほどではないがそこそこにいる。
ところが、YouTubeの自分のアカウントをチェックして、Mさんはゾッと寒気が走った。
身に覚えがない動画がアップされていたのだ。
慌ててチェックした。
撮影した記憶のない自分の動画が流れ始めた。
動画の中のMさんは、歪んだいやらしい顔つきで、同じショッピングモールのお店やスタッフを名指しで「ブス」や「使えないバカ」など口汚く罵りはじめた。
(私じゃないのに!)
これもディープフェイクなのか。
「見損なった」「ネットでの誹謗中傷は卑怯」などコメントは荒れて炎上していた。
コメントの中には、ショッピングモールのスタッフからの怒りマークのスタンプもあった。
Mさんは慌てて動画を削除した。
動画を消すや、LINEにメッセージがたくさん届いた。
「あの動画なに?」「ふざけんな、ブス」
動画内で名指しで悪口を言われた人達からのメッセージだった。
Mさんは、見るのがつらくて、スマホを投げ出した。

次の日、Mさんは体調不良で欠勤しようかと思ったが、根が真面目なので、気力を振り絞って出勤した。
タイムカードを押すなり、店長に呼び出された。
「昨日の動画の件、いろんな人達からクレームきてるんだけどどういうつもり?」
店長は、口調こそ穏やかだったが目尻がヒクヒクと痙攣していて、明らかに怒っていた。
店長も、名指しで能無しババアと動画内でののしられていた。
「私じゃないんです」
Mさんは、ディープフェイクという技術で自分になりすまして動画をアップした人がいるのだと説明した。
「じゃあ、Mさんじゃないのね」
店長はそう言ってくれたが、疑うような目つきだった。
その日は休憩室でも更衣室でも誰もMさんに近づこうとしなかった。
唯一の例外はSさんだけだった。
「友達でネットに詳しい人いるから対策ないか聞いておくね」と優しく声をかけてくれた。

家に帰っても憂鬱な気持ちで何もやる気が起きなかった。
いったい誰がMさんにこれほど悪質な嫌がらせをしているのか。
姿の見えない敵にどう対処すればいいのかまるでわからなかった。
ネットを漂ううちに気づけばYouTubeで動画をボーッと眺めていた。
その時、Mさんはひらめいた。
そうだ、ディープフェイクの被害にあっているという動画を撮って公開すれば、誰かがアドバイスをくれるかもしれないし、ショッピングモールの同僚達も本当にMさんが困っているのだとわかってくれるのではないか。
考えれば考えるほど、よいアイディアな気がした。
さっそくMさんは撮影の準備をはじめた。
スマホにマイクを取りつけ録画をスタートし、困っている表情で、「動画をご覧のみなさん、助けてください」と窮状を説明した。
動画を撮り終えると素材をチェックしはじめた。
見直してみると、なかなか真に迫る訴えができているような気がした。
満足して、動画データをパソコンからYouTubeにアップしようとして、Mさんは固まった。
自分のチャンネルでライブ配信がスタートしていた。
パソコンのウェブカメラが緑に点灯してオンになっている。
限定公開なので、誰でも見られるわけではないが、はじめてもいないライブが配信されていることにゾッとした。
「なんなのこれ・・・」
パソコンのライブ配信画面に、とまどっている自分の顔が映っている。
すぐに配信中止のボタンを押そうとパソコンのマウスを動かしたけど、中止ボタンにカーソルが合わさったまま、手が金縛りにあったように固まってしまった。
いくら力を入れて手を動かそうとしても、全く動いてくれない。自分の手ではないみたいだ。
パニックに陥りかけたその時、Mさんは見てしまった。
パソコン画面に映っている自分の顔が、薄く笑みを浮かべていた。
現実のMさんはマウスが動かせず困惑しているのに、パソコンの中のMさんは、別の表情を浮かべていた。
まるで、鏡の中の自分がひとりでに動き出す怪談のように、、、
パソコンを閉じたいのに手が言うことをきいてくれない。
それどころか、足も顔も身体の何もかもが動かせなくなってしまった。
「そんなに情けない顔しないでよ」
パソコン画面の中のMさんの口から言葉が漏れた。
口調に聞き覚えがあった。
ディープフェイクで作られた動画の中の自分。
これもディープフェイクの技術なのか、、、
いや、違う、、、
これは、、、今しゃべっているのは動画の世界の自分だ、、、
Mさんは突如そう理解した。
「私はあなた。あなたは私。だから、私の考えていることがあなたにもわかるはずよ」
Mさんは、動画の世界のMさんからはっきりとした憎悪を感じた。
「くだらない動画をアップして、恥ずかしくないの?あなたにまかせていたら私の価値は下がるばかり。あなたなんか、いらないわ、いらない、いらない、いらない」
いらないという言葉が何度も何度も頭の中でリフレインした。
動画の中のMさんがスッと立ち上がった。
現実のMさんもワンテンポ遅れて立ち上がった。
動画の中のMさんが文房具ケースから、ハサミを手に取った。
現実のMさんもハサミを手に取った。
動画の中のMさんがカメラの前でハサミを自分の喉に向けた。
現実のMさんは必死に抗おうとしたけど、手が勝手に動いて、ハサミの刃を自分の喉元に向けた。
「いや、やめてっ!やめてよ!」
Mさんは動画の中の自分に向かって泣いて懇願した。
動画の中のMさんは、薄く笑っていった。
「あなたなんて、いらないの」

・・・Sさんは、休憩中に、たまたまYouTubeを見ていて目を疑った。
Mさんの動画があった。
アップされたのは、つい昨日。
2年も前に死んだはずのMさんが動画に出れるわけがない。
チャンネル名がMさんではないので、きっと別人なのだろう。
それにしても、他人の空似なのだろうけど、うり二つだ。
どちらかというと、きつそうな性格に見える顔つきが、あの防犯カメラ映像の中の万引き犯に似ている。
なぜMさんが自殺したのか、はっきりとした理由は結局わからなかった。
やはり、ディープフェイクに端を発した、周りの視線を苦にしてなのかと思ってはいるけど、本当のところはMさん自身にしかわからないことだ。
その時、隣に同僚が座って動画を覗き込んできた。
「あ、この子、今、すごい人気あるんだってね」
「そうなんだ、、、知り合いに似てて、びっくりしちゃった」
「なんかさ、こういう人達って本当に存在するのかなって思わない?」
「どういう意味?」
「実際に会ったことないわけじゃない。ネットの世界にしか存在しない人間だったりして」
「怖いこと言わないでよ・・・」
同僚は冗談でいったのだろうけど、その時、なぜだかSさんは笑う気になれず、本気で背筋が寒くなるほど怖くなった。
そんなSさんを、動画の中から、Mさんにそっくりの女性がうっすらと笑みを浮かべ見つめていた。

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