【怖い話】同じ部屋

Oさんが便利屋稼業を始めたのは、35歳の時だった。
それまで勤めていたIT関連の仕事を脱サラして、一念発起して起業した。
右へ倣えの組織で働くのが辛くなって、自分らしく働きたいと思ったのだ。
はじめの方こそ売上があがらなかったが、誠実に仕事をこなすうちに徐々に口コミで次の仕事が舞い込むようになった。
Oさんが会社を立ち上げた立地もよかった。
駅から歩いて数分のところに、東京ドーム数個分の広さがある巨大なT団地があり、人が集まっている分、顧客になってくれる人をたくさん見つけることができたのだった。
主な依頼は、家電や水回りなど、簡単な家の中の不具合の修繕だ。
なので、依頼人の部屋の中に入れてもらう機会が自然と多かった。
いろんな人の部屋を見られるのは興味深かったが、覗き見趣味と思われないよう細心の注意を払った。
評判で繋がっているような仕事なので、一度、変な噂が立ってしまえば事業自体が危ういのをOさん自身よくわかっていた。

今日は、T団地に住む20代主婦のWさんという女性から、窓の建てつけが悪いから見て欲しいという依頼が入った。
はじめての依頼人だった。
Wさんは、ストレートの黒髪に細い目をしている純和風の雰囲気の女性だった。
ひと目見て、以前どこかで会ったことがあるような印象をOさんは持ったのだけど、それはきっと日本人によくいる顔だからなのだろうと思った。
言ってしまえば、あまり個性のない顔だった。
もちろん口が裂けてもお客さんにそんな失礼なことは言えない。
部屋にあがり、窓の様子をうかがうと、レールの隙間にプラスチック片が入り込み滑りが悪くなったので、すぐに解決した。
Wさんは大層喜んでくれて、仕事終わりにお茶を入れてくれた。
断るのも悪いので、お茶とお菓子をご馳走になった。
お茶を飲みながら、なんとなく、部屋の様子に視線が向いた。
壁には、今の流行りなのか、K-POP風の女性アイドルユニットのポスターが貼ってあり、ポスターの下に位置する棚には木彫りの像が置いてあった。
鋭い牙が下顎から生えた鬼のような顔をした木像で、エスニックのお土産店で売ってそうな代物だった。と思ったら、その横には盆栽のようなものが置いてあったりと、部屋のインテリアがどこかちぐはぐで、それがかえってOさんの印象に残った。
旦那さんの趣味とWさんの趣味が混ざってこうなったのかなと、その時はさして気にしてなかった。

ところが、それから数日後のことだった。
今度は同じ団地に住むEさんという老齢の一人暮らしのおばあさんから電話で依頼が入った。
腰が痛くて電球交換ができないので代わりにやって欲しいという依頼だった。
Eさんは、ウェーブのかかった銀髪で、くしゃっと顔全体で笑う、快活なおばあさんだった。
用意しておいた交換用電球を持って、照明が切れたという部屋に案内されたOさんは、ギョッと立ち止まった。
デジャブというものをOさんははじめて体験した。
(この部屋、この前のWさんの家の内装と全く同じだ・・・)
壁のK-POP風アイドルのポスター、鬼のような木像、盆栽。配置まで全て一緒だった。
よく見ればカーテンの柄も同じだった。
住んでいる住人が違うが、つい数日前に見たのと細部までまったく同じ部屋が目の前にあった。
部屋の作りが同じなのは同じ団地だからわかるが、
小物や配置まで内装が被るなどという、こんな偶然があるだろうか。
まるで意図的に同じ部屋を作ったようだった。
電球交換はすぐに終わり、Wさん宅と同じようにお茶を出されたが、その日は理由をつけてOさんはすぐに帰ることにした。
まったく同じ部屋を赤の他人の部屋で見るという奇妙なシンクロのせいで気持ちがざわついていた。

団地からオフィスへ、社用のライトバンで帰る道すがら、Oさんはショッピングセンターに立ち寄った。
食料品を扱うスーパーマーケットから日用品を扱うホームセンターまで様々な店舗が集まっていて、仕事道具を買うのによく使っていたのだ。
ホームセンターの売り場を巡っていたOさんは、インテリアコーナーで「あ」と声をあげそうになった。
WさんとEさん宅で目撃した鬼のような木像がインテリアとして売られていたのだ。
このショッピングセンターはT団地からも近いので団地の住人もよく使っている。
2人ともここで買ったのかと合点がいった。
ポスターコーナーにいってみると、K-POP風アイドルユニットのポスターが売り出されていた。
同じように生花コーナーでは盆栽が押し出されていた。
WさんもEさんも、このホームセンターが押し出している商品をたまたま買ったに過ぎなかったのだ。
配置まで同じになるのは奇妙な偶然だったが、からくりはごく単純なことだったのだ。
フッと笑いがこみ上げそうになったOさんだったが、ふいに頭の中に別の疑問が思い浮かんだ。
(なんでこんなモノ買うんだろう・・・売り出す店も店だけど)
特に理解できないのは木像だ。
万人受けするデザインでもないし、子供は怖がりそうだ。
Oさんが知らないだけで、世の中で流行るだけの理由があるのだろうか。
有名人がネットで紹介したとか?
流行っているのは間違いないようだ。
現に、Oさんがホームセンターに滞在している時間だけでも数組の人が木像を買い物カゴに入れていた。
木像を買った人のカゴをチラッと見てみると、例のアイドルのポスターと盆栽も必ずセットで入っている。
WさんとEさんの部屋に飾られていた3点はセットで買うものらしい。
・・・けど、なぜ?
その謎が妙に引っかかって、気がつくと、Oさんはポスターと木像と盆栽の3点を買い物カゴに入れていた。
なんで買おうと思ったのか自分でもよくわからない。
みんなが買うだけの理由があるなら知りたいという気持ちが一番だった気がする。

家に帰ると、Oさんは、ポスターを壁にはり、木像を棚に置き、その横に盆栽を置いてみた。
同じ配置にしてみたら何かわかるかと思ったのだが、何もわからなかった。
むしろ、自分までWさんとEさんと同じ部屋を作ろうとしているかのような行動にハッと気づき、慌てて全て撤去した。
謎は深まるばかりだった。

それから数日して、Eさんから再び電話がかかってきた。
今度は、押入れの中の粗大ゴミの整理を手伝って欲しいという相談だった。
Oさんは早速、T団地のEさん宅に車で向かった。
駐車場に車をとめて建物のほうに歩いていると、団地の入り口で偶然、Wさんと会った。
「この前はどうも」
と挨拶し軽く立ち話をしてから、買い物に行くというWさんとわかれて、団地のさらに奥にあるEさん宅に向けて歩いていると、向こうから歩いてくる女性の姿が見えた。
Oさんは目を疑った。
いまさっきわかれたばかりのWさんだったのだ。
Wさんは間違いなくOさんと反対方向に歩いていった。
だとしたら、今向こうから歩いてくるWさんは誰なのだ。
背筋が一気に寒くなるのを感じ、Oさんはその場から動けなくなった。
すれ違いざま、まじまじと顔を見た。
純和風で無個性な顔立ちは、間違いなくWさんだった。
「・・・どうも」
なにかの間違いがあってはいけないとOさんは律儀に挨拶をした。
しかし、Wさんは、サッと横目でOさんに一瞥を投げるだけで、黙って歩いていってしまった。
もしかして似ているだけで別人だったのか。
個性がないだけに間違えてしまったのかもしれない。
そう思う一方、ついさっき見た人物を間違えるだろうかという思いがした。
まさか、ドッペルゲンガーにでも会ったというのか。
先日の同じ部屋といい、どうもT団地では不可解なことに見舞われる。
Oさんは気持ちの悪さが拭えなかったが、仕事を放棄するわけにもいかず、Eさん宅へ向かった。

「よく来てくれたわね」
Eさんは相変わらずの笑顔で愛想よくOさんを迎え入れてくれた。
先日、電球交換をした部屋をチラッと見ると、先日のままWさん宅と同じ部屋のインテリアから変わってなかった。
いっそ、Eさんに事情を話して、なんでこんな偶然が起きたのか聞いてみようか。
しかし、ギリギリで言葉を飲み込み、Oさんは押入れの片付けに没頭した。

作業は小一時間ほどで終わった。
自治体に粗大ゴミ回収の連絡もいれ、抜かりはない。
作業中はほどよく身体を動かして汗をかいたおかげで、さっきまでの気持ち悪い出来事について考えずに済んでいた。
「ご苦労さま。これよかったら飲んで」
片付けをする背後から声がした。
Eさんが飲み物を運んできてくれたらしい。
「ありがとうございます・・・」
そう言って振り返ったOさんは、驚いて心臓が口から出そうになった。
お茶菓子のお盆を持って立っていたのはEさんではなくWさんだったのだ。
なぜ、ここに?
ついさっきまではEさんがいたはずなのに。
服装はさっきまでのEさんと同じだ。
まるで、Eさんの外見がWさんに変わったかのようだった。
「どうしたの、驚いた顔して」
Eさんの服を着たWさんが不思議そうにOさんの顔を覗き込んだ。
自分が幻を見ているのか。
Oさんは混乱した。
同じ部屋に、同じ人、、、
いったいなんなんだ。
「あの、今日はこれで失礼します!」
「お茶飲んでいかないの?」
Wさんが近づいてくると、Oさんは本能的に恐怖を感じて、身を翻した。
「次の仕事がありますから」
そう言って、Oさんは乱暴に残りの仕事道具を片付け、Eさん宅の玄関を逃げるように飛び出した。

ところが、廊下に出た瞬間、
Oさんはさらに衝撃的なものを目撃し、腰を抜かしてしまった。
Eさん宅前の廊下を向こうからWさんが歩いて向かってきていた。
いや、それはWさんではなかった・・・。
Wさんの顔をした別の誰かだ・・・。
Oさんは気がついた。
振り返ると、廊下の反対からもWさんの顔をした人が歩いてきていた。
何が起きているのか状況は理解はできないけど、ここから早く立ち去らないと、、、
Oさんは本能の警告に従って立ちあがろうとして廊下の手すりにすがりついた。
その拍子に、団地の棟の全体が見渡せた。
Wさんは、1人や2どころではなかった・・・。
団地のそこかしこにWさんの顔をした人がいた。
中庭、上層階、下層階、いたるところにWさんがいた。
Oさんは悟った。
部屋が同じなのではない。
この団地では、人がみな同じ人物になっていっているのだ。
だから、『同じ部屋』が次々とでき上がっていき、、、
みんなWさんになっていく、、、
T団地はWさんの団地だった。

「大丈夫?」
Eさん宅の玄関前に、Eさんの服を着たWさんが立っていた。
「大丈夫?」
別の方向からWさんの声がした。
「大丈夫?」
また別の方向から。
気がつけば、Oさんは何人ものWさんに囲まれていた。
恐怖で身がすくんで、一歩も動けなかった。
いくつものWさんの顔がOさんの顔を覗き込んでいる。
「・・・大丈夫?」
Oさんの叫び声は広い団地の中でかき消された・・・。

数十分後、Wさんの顔をした作業着を着た人物が団地を歩いていた。
その人物は、駐車場に向かうと、『便利屋』のロゴが施されたライトバンに乗り込んだ、、、

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