城ヶ崎海岸門脇吊橋の怖い話

静岡県伊東市にある城ヶ崎海岸には、断崖絶壁を結ぶ吊り橋がある。
「門脇吊橋」という名前で、長さ48m、高さ23mのスリル満点の吊橋は景勝地として有名だ。
城ヶ崎海岸には、「半四郎落とし」という転落死した漁師の言い伝えが残っており、昔から事故や自殺のスポットとしても知られている。

これは、そんな城ヶ崎海岸の門脇吊橋でOさんが体験した恐い話だ。

Oさんは、旦那さんと6歳になる息子さんの3人暮らし。
旦那さんと息子さんの夏休みを利用して伊豆に2泊3日の旅行に来ていた。
城ヶ崎海岸に立ち寄ったのはたまたまだった。
1泊目の熱海から海岸線を下るうち、運転を交替して助手席に座っていた旦那さんが吊橋を偶然見かけて、立ち寄ってみることにしたのだ。

駐車場に車を停めて降りると、強い海風が吹きつけてOさんは被っていた帽子を飛ばされそうになった。
駐車場にはそこそこ車が停まっており、同じく吊橋を見に来た観光客の姿が思ったよりもあった。

吊橋に向かって遊歩道を3人で進んでいくと、ふいに視界が開けて吊橋があらわれた。
まさに断崖絶壁にかかる吊橋だった。
高さは23mというが上からの景色はもっと高く見えた。
波が岩場に打ちつけるザザーンという音がずいぶん遠くに聞こえる。
想像していたよりしっかりとした造りの吊橋だったが、高所恐怖症のOさんは足がすくんでしまいなかなか進めなかった。

旦那さんと息子さんは、2人とも絶叫系アトラクションが好きなので、高いところも平気でずんずん進んでいく。
「待ってよ」
へっぴり腰で、前を行く2人に呼びかけるが、旦那さんと息子さんは先へ先へといってしまった。
Oさんは手すりにつかまりながら、なんとか4分の3ほどを渡り切った。
すると、吊橋を渡った先で手を振る旦那さんと息子さんの姿が見えた。
Oさんは、2人を見て、安心するどころか、吊橋の高さよりも身が竦む恐怖を覚えた。
2人は、断崖絶壁の岩場すれすれの場所に立っていたのだ。
にこやかに手を振っているが、足元はひとたび足をすべせれば海に落ちるギリギリのフチだった。
いくら高いところが得意でも、危なすぎる。
Oさんは吊橋の恐怖を一瞬忘れ、慌てて橋の残りを小走りに進んだ。
「2人ともそんなところに立っていたら危ないわよ!」
家族に万が一のことがあったらいけない。
その一心で、Oさんは吊橋を超えると、2人が立っている断崖絶壁の岩場の先端を目指して足を進めた。
「早く2人とも戻って!」
足をすべらせれば怪我ではすまない岩場を進んでいった時、息子さんの声がした。
「ママ、なにやってるの?」
奇妙なことにその声は背後から聞こえた。
えっ、と振り返ると遊歩道から旦那さんと息子さんがOさんを見つめていた。
一瞬前には、前方の絶壁に立っていたはずの2人がどうして?
不思議に思って、岩場の方に視線を戻すと、断崖ぎりぎりに立つ旦那さんと息子さんの姿は煙のように消えていた。
人間消失マジックでも見せられているみたいだった。
けど、見間違いなどではない。
確かに岩場に立つ2人を見ていたはずなのに・・・。
吊橋の恐怖で幻を見たのだろうか。
「どうしたんだ?そんなに怖かったのか」
旦那さんの笑顔が近くにあった。
いつもの顔だ。
「怖かったわよ。2人ともずんずんいっちゃうから」
Oさんは、頬を膨らませて、精一杯いじけてみせた。
けど、内心は、さきほどの幻のせいで穏やかではなかった。

帰り道の吊橋は、不思議なことにそれほど怖くなかった。
怖さに慣れたのかもしれない。
駐車場に戻ると、車に乗り込み、今夜の宿がある下田方面に向かった・・・。
Oさんは、運転しながら、落ち着かない気分だった。
城ヶ崎海岸に行ってから、どうにも違和感があった。
とても大事なものを忘れているような、、、そんな感覚だった。

・・・目が覚めるとOさんは、病院のベッドの上だった。
全身がズキズキ痛む。
心配そうにのぞき込む旦那さんと息子さんの顔があった。
わけがわからなかった。

城ヶ崎海岸を出発した後、車が自損事故を起こしたのだという。
幸い誰も巻き込むことなく、車のフロント部が壊れただけで済んだ。
旦那さんと息子さんはかすり傷一つなくすんだようだ。
Oさんだけ全身擦り傷と打ち身だらけで2人に何もなかったのは不思議といえば不思議だったが、よかったと安心した。

しばらくして、警察の人が事情聴取に病室を訪れた。
事故についてあれこれ聞かれたが、Oさんは事故について何一つ覚えていなかった。
「実はよく覚えていなくて、主人と息子の方が事故の状況をわかってると思いますので、2人から聞いていただけますか?」
すると、警察の人は怪訝そうな顔つきになった。
「けど、乗っていたのは奥さん1人だけですよね?
奥さんに思い出していただかないと・・・」
Oさんは唖然とするしかなかった。
警察の人が嘘を言ってるとは思えなかった。
横にいた旦那さんと息子さんも困惑した表情でOさんを見ている。
おかしなことを言っているのはOさんの方だというのが表情から一目瞭然だった。
だとすると、崖で見た2人と同じく、そこにいもしない旦那さんと息子さんと一緒に車に乗っていて事故を起こしたということなのか、、、
身の毛がよだつような恐怖心が身体を這い上がってきた。

城ヶ崎海岸は事故や自殺が多いらしい。
無念のうちに死んでいった魂にOさんは引かれてしまったのかもしれない。

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