【怖い話】ヒッチハイク

Rさんは、大学4年生の夏休みを使って、自転車で東京から長野の実家まで帰ることにした。
就職を控えた最後の夏休みで何か思い出深いことができないかとアイディアを色々考えた結果、自転車旅にチャレンジしようと思い立ったのだ。

都内の1人暮らしのアパートを出発して下道を使って山梨方面を目指した。
クロスバイクで風を切って走るのはとても気持ちよく、Rさんは自転車旅にしてよかったと思った。
途中、お店に立ち寄ったり、思い出に写真を撮ったりしながら走ったが、出発したその日のうちに山梨県に入ることができた。

クロスバイクを買うのにお金を使ってしまったので、Rさんは人目を忍べる場所で野宿をするつもりだった。
スマホで銭湯を調べて汗を流すと、明かりが少ない方に向かってクロスバイクを走らせた。
道はだんだんと登りになって、峠道に入った。
しばらく、つづら折りの道を上がっていくと、小さな休憩所があった。
車数台の駐車スペースと、トイレ、自動販売機があるだけのほんとうに小さな休憩所だった。
車通りも少ないし、今は休憩所に車もとまっていない。
Rさんは、その休憩所を今日の寝床にしようと決めた。
自転車を適当に止めて、山裾を振り返ると、街の明かりが宝石のようにキラキラと光っていた。
なかなかの絶景でロケーションもいい。
いい場所を見つけたとRさんは思った。
一脚だけあるベンチに寝袋を敷いて夜景を眺めながら眠りについた。
一日中自転車を漕いでいたからだろう、あっという間に意識は遠のいていった。

チチチチという鳥のさえずりで目が覚めた。
目に朝日が痛い。
大あくびをする。まだ眠い。それに身体の節々が痛い。
今日一日走れば、長野県まで一気にいってしまうかもしれないな、、、
そんなことを考えながら、眠い目をこすって起き上がり、Rさんは言葉を失った。
クロスバイクがない・・・。
それにバックも。
・・・嘘だろ。血の気が一気に引いた。
財布もスマホも全部バックの中だ。
警察にも連絡できないし、助けを求めようがない。
足となるクロスバイクまで奪われたら、ここからどうやって移動すればいいのか。
なんだかんだかなりの距離、峠道を登ってきていた。
最寄りの公衆電話までどれくらいあるのか。
いや、そんなことより財布だ。
キャッシュカードを早く止めないと。
色んな考えが頭を次から次へとよぎりパニックを起こしそうだった。
落ち着け、とにかく冷静にならないと。
Rさんは、頬を両手でぴしゃっと張り、我に返った。
公衆電話か警察までどうやっていこう。
Rさんはあれこれ考えて、休憩所の前で腕をピンと伸ばし親指を立てた。
休憩所の前を通りかかる車に乗せてもらおうと思ったのだ。
ヒッチハイクなんてやったことなかったし、かなり勇気がいったが、必要に迫られたRさんはがむしゃらだった。
ところが、あまり車が通らない上に、やはりなかなかとまってくれない。
通り過ぎざまうさんくさそうな視線を投げられたり、嘲笑されることがほとんどだった。
2時間ほど粘り、歩いて峠道をおりた方が早かったかもしれないと後悔し始めた頃、一台のライトバンがRさんの前で停車してくれた。
30代くらいの作業着姿の男性が運転席から顔を出した。
無精髭が伸びていて、髪はボサボサ。
3ヶ月くらい切ってなさそうだ。
目の下には2、3日寝ていなさそうなくらいの濃いクマができていた。
ちょっと不安を感じる見た目だった。
後部座席に初老の男性と、Rさんより年下に見える金髪の少女が乗っていた。
家族なのだろうか。
どうもへんとこな組み合わせだ。
ただ、人を選べる立場にないのはRさんも重々承知だった。
とまってくれただけでも仏のような人たちだ。
「あの、自転車と、財布とスマホが入ったバックを盗まれてしまって、よかったら公衆電話か警察署まで乗せてもらえませんか」
すると、運転席の男性はしばらく考え、首をクイッと助手席の方に振った。
乗れ、の意味だとRさんは解釈した。
まさに天の助けだ。
Rさんは、助手席に回り込みドアを開けて乗り込んだ。
すると、運転席の男性と後部座席の少女がちょっとした言い合いになっていた。
「ちょっと、ほんとに乗せる気?」
身を乗り出す少女に、運転席の男性は覇気のない返事で答えた。
「連れは多い方がいいだろ」
「けど・・・」
少女は知りもしないRさんを乗せたくないらしい。
「・・・あの、おりた方がいいですかね?」
Rさんは恐る恐る聞いてみた。
「いいよ。どうせ席は空いてるから」
運転席の男性はけだるそうに答え、ライトバンを発進させた。

Rさんを乗せたライトバンが峠道をのぼっていく。
車内は会話が全くなく、Rさんは居心地の悪さを感じた。
運転席の男性も後部座席の2人もRさんに話しかけようという気がそもそもなさそうだった。
ちらちらと後部座席の2人をうかがってみる。
初老の男性も、金髪の少女も互いに目線すら合わせず、窓の外を見ている。
なんとなくだが、家族ではなさそうに見えた。
顔も全然似ていない。
どういう人達なんだろう、、、
気になったが、せっかく乗せてもらったのに、詮索するような真似ははばかられた。
「飲んでいいよ」
急に話しかけられてRさんはキョトンとした。
運転席の男性が前を向いたままボソリと言ったので、はじめ自分に向けられた発言なのかどうか判断に困った。
「そこのコーヒー」
見ると、運転席と助手席の間のドリンクホルダーにコンビニのマークが入った紙のカップがささっていた。
Rさんは、少し迷ったが、朝から何も飲んでいないのに加え、トラブルに見舞われた緊張から、泥水でも飲みたいほど喉がカラカラだった。
「ありがとうございます」
お礼をいって、コーヒーを飲む。
冷えて苦味しか感じなかったが、胃に染み入るおいしさだった。
窓を流れる風景に目をやる。
山の稜線が遠くに見えた。
自転車旅なんてやっぱり無謀だったのかな、、、
ふつふつと後悔の念が湧き上がる。
と、助手席のシートに座って揺られるうち、抗いがたい眠気が訪れた。
朝から張り詰めていた緊の糸が切れたようだ。
Rさんは、まぶたを閉じた、、、

・・・目が覚めた。
意識がまだ朦朧としていて、視界が狭い。
身体が鉛のように重い。
ライトバンは動いていない。
止まっているようだ。
なんだか、とても暑いし息苦しい。
クーラーを切ってしまったのか。
首をひねって車内を見回す。
運転席の男性が窓に頭をもたせかけて眠っているのが見えた。
こんな昼間から仮眠・・・?
それにしてもなんでこんなに車内が暑いんだ、、、
息ができない、苦しい。
後部座席を見ると、後ろの2人も目を閉じて眠っているようだ。
暑い、すごく苦しい、、、
その時、Rさんは、暑さの原因に気づいた。
後部座席の下で、練炭が赤々と燃えていた。
この3人は・・・。
3人の目的に気づいたRさんは、慌てて、ドアを開けようとしたが、
目張りをされているのか、ドアはなかなか開かない。
足で何度も蹴りつけて、ようやくドアが開いた。
ころげるように外に出て、大きく息を吸う。
急に空気を吸ったせいか、むせて咳き込んだ。
3人は集団自殺をするつもりだったのだ。
たまたま乗り合わせたRさんも巻き添えにして、、、
『連れは多い方がいいだろ』
運転手の男性の言葉を思い出し背筋に寒気が走った。
連れは・・・道連れの意味だ。
「おい!」
突然の怒鳴り声にRさんはビクッとなった。
運転席の男性が目を覚まし、車外のRさんを睨みつけていた。
「待てよ・・・自分だけ逃げるのかよ・・・」
Rさんは、恐怖で立ち上がれず、後ろに這いずっていった。
男性はシートベルトを外し、助手席から外に出ようとしている。
Rさんは、悲鳴をあげて、足をもつれさせながら走った。
そこは舗装されてない道で、あたりは雑木林に囲まれていた。
Rさんは、雑木林の薮の中をがむしゃらに進んだ。
後ろは振り返らなかった。
「おいっ!」「待てよっ!」「戻ってこいよっ!」
男性の怒鳴り声がしばらく聞こえたが、やがて遠く聞こえなくなった。

走り続け、舗装されたアスファルトの道路に出た時には、日が暮れていた。
通りかかった車に助けを求めRさんは警察に保護された。

「君のいっているライトバンは見つからなかったよ」
所轄署の一室で警察の人にそう告げられ、Rさんはキョトンとなった。
車がなかったのだとしたら、自殺を諦めてあの場から去ったのだろうか。
巻き込まれたのには怒りしか感じないが、そうであって欲しいと願った。
車に乗せてもらっただけとはいえ、死んでいたら後味が悪い。
・・・でも、と、ふとRさんは思った。
彼らは本当に"生きた"人間だったのだろうか。
本当は、集団自殺者の浮かばれない霊と遭遇して、あの世に連れていかれそうになっていたのかもしれない、、、
そんな突飛な考えが頭をよぎり、Rさんはゾッとした。
「あそこらへん、昔から多いんだよな、そういう事件が・・・キミ、連れていかれなくてよかったね」
警察の人が苦虫を噛み潰したように言った。

不幸中の幸いか、Rさんの自転車とバックはその所轄署で発見された。
別件で逮捕された窃盗犯が所持していたらしい。
無事に荷物を取り戻したRさんは、その後、旅を続けることにしたという。

その道中、Rさんは、さらに恐ろしい目にあうことになるのだが、それはまた別の機会にお話しよう・・・。

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