【怖い話】貴殿に呪いをかけたことをお知らせします

「貴殿に呪いをかけたことをお知らせします」
そんな奇妙なメッセージではじまるショートメールがNさんのもとに届いたのは、GWがあけた5月のことだった。
続きを読むと、「お心あたりのない方は、至急、下記番号までお問い合わせください」と書かれていて、03から始まる東京の電話番号が記載されていた。
送り主は、呪殺屋本舗という、いかにもな名前だった。
念のためネットで送り主を調べてみると、サイトが見つかった。
『憎い相手への呪いを代行いたします』と謳い文句とともにおどろおどろしい日本人形のヘッダー画像が目に飛び込んできた。
一応は日本に同一名の法人が存在するらしい。
ただ、ショートメールは十中八九、詐欺だろうとNさんは考えた。
不審に思って、記載された電話番号にかけると住所や生年月日などの個人情報を取られてしまうというたぐいの詐欺だ。
大手のAMAZONをかたった同様の詐欺があると知り合いに聞いたことがあった。
なので、Nさんは、ショートメールを無視することにした。

ところが、それからというものNさんの身の回りでおかしな出来事が起き始めた。
散歩中に歩道橋の階段を下りていたら足をすべらせて転落した。幸い軽傷ですんだが、その数日後、今度は信号を無視した乗用車にひかれそうになった。
大怪我をしそうな事故が重なり細心の注意を払っていたにもかかわらず、その次は、仕事の会議中に突然全身が痙攣し意識を失い倒れてしまった。
病院で精密検査をしてみたが、どこにも異常はなく医師の先生は困惑するばかりだった。

おかしなことがたて続けに3つも重なったせいで、自然とNさんの脳裏にショートメールの文句がよぎった。
「貴殿に呪いをかけたことをお知らせいたします」
まさか、本当に呪いをかけられたのだろうか。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、拭いきれない不安があった。
もう一度ショートメールを読んでみると、妙に丁寧な文面が余計に怖かった。
自分を恨んでる人間には山のように心当たりがあった。
Nさんは大手の商社で働いている。
苛烈な出世競争は嫉妬と憎悪を生み、足の引っ張り合いは日常茶飯事でNさんが何をしたわけでもなく知らないうちに多くの恨みを買っている。
何もNさんだけではない。社内の誰しも嫌がらせやイジメのような経験を一度は味わう。
そんな職場環境だった。
だからと言って、呪いをかけられることを承服できるわけがない。

Nさんは、公衆電話から、思い切ってショートメールに記載されていた番号に連絡を入れてみた。
「はい、呪殺屋本舗です」
陽気な女性の声が電話に出た。
Nさんがショートメールが届いた旨を伝えると、氏名と生年月日を確認された。
少し迷ったが、Nさんは情報を伝えた。
「そうですね。確認しましたところ、Nさまには、たしかに弊社より呪いをかけさせていただいております」
コールセンターにかけたのかと錯覚するような事務的な回答だった。
「誰が私に呪いをかけたんですか?」
「機密情報になりますので、そういったお問い合わせにはお答えできません」
「呪われるとどうなるんですか?」
「個人差がございますが、軽い症状の場合は石につまづいて怪我をする程度でございます。重い方ですと、死に至ることもございます」
「そんな、、、勝手に人を呪うなんておかしいじゃないか!」
話が通じる相手とは思ってなかったが、Nさんは思わず声を荒げた。
「呪われるお心当たりがないということでよろしいでしょうか」
事務的な感じを崩さずオペレーター(もはやそう呼んだ方が正確に思われた)は答えた。
「心当たりなんかあるわけないだろう!」
Nさんは興奮が冷めぬまままくしたてた。
「・・・そうしましたら、呪いをお返しされますか?」
Nさんはすぐに言葉の意味が理解できなかった。
「人を呪わば穴2つと申します。一方的に呪いをかけるのはフェアではないというのが当社のポリシーでございます。そこで、あのようなショートメールを呪いの対象者様に送付させていただいているのでございます。もしNさまが望まれるならば、Nさまにかけられた呪いを依頼人に返すことができるのでございます」
「・・・呪いを返せば私にかけられた呪いは消えるのか」
「もちろんでございます」
「どうせタダじゃないんだろう?」
「呪い返しには50万円の依頼料を頂戴しております」
Nさんは笑いがこみ上げそうになった。
なんて商売だ。
呪い代行の依頼人から依頼料をせしめ、その上、呪い返しの代金も取るとは。
こんなあこぎな商法があるだろうか。
Nさんは大きく息を吸い込んで電話口の相手に伝えた。
「呪いを返してくれ」

その電話から数日。
呪殺屋本舗からの連絡はまだない。
振込は完了している。
呪い返しの完了報告を待っている。
騙されたのかという不安は何度もよぎった。
その時、Nさんのスマホが鳴った。
「呪い返しが完了いたしました」
例のオペレーターは簡潔に用件だけを述べて電話を切った。
Nさんは肩の力が抜けるのを感じた。
呪いは返した。
これでNさんの身近な人間に不幸が起きれば、その人物がNさんに呪いをかけた相手ということだろう。
残念ながら何人もの顔が頭に浮かぶ。
この際、誰であってもいい。
この馬鹿げたゲームが終わるなら。
「どうかした?」
運転席から声をかけられた。
Nさんは今日、奥さんの運転で日用品の買い物に来ていた。
電話を受けてから黙っているNさんの態度を不審がって奥さんは声をかけたらしい。
「何か悩みでもあるの?」
「実は、信じられないようなことがあってさ」
Nさんはショートメールが届いてからのことの顛末をはじめて奥さんに説明した。
奥さんの表情がみるみる曇っていく。
それもそうだ。
こんな荒唐無稽な話、誰が信じれるというのだろう。
逆の立場だったら、Nさんは奥さんの精神状態を疑っていたに違いない。
「それでどうしたの?」
話は呪殺屋本舗に電話をかけたあたりにさしかかった。
「呪いを返したよ。高かったけど、命にはかえられないからね」
すると、奥さんの顔が大きく引きつった。
「なんてことをしたの!」
突然、運転中にも関わらず奥さんがNさんに激昂した。
豹変にとまどうしかなかったNさんだったが、その意味することがすぐに頭の中で繋がった。
「まさか・・」
その後の言葉は続かなかった。
運転している奥さんの身体が激しく痙攣し、シートに身体を打ちつけるようにはねた。
口から泡を吹いて白目を剥いている。
コントロールを失った車は道をそれ、ガードレールに向かって猛スピードで突き進んだ。
皮肉にも、その時、Nさんの脳裏には奥さんとの楽しい思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。

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