【怖い話】アルバイトスカウト

その男の人が僕のアパートを訪ねてきたのは、もうすぐ春という3月のことだった。
スーツを着ているが、長髪と無精髭のせいで、端正な顔立ちなのに、だいぶ怪しい感じがする。
年は30代後半くらいか。
「スカウトにきました」と男性は言って名刺を渡された。
何の肩書きも企業名も印字されておらず、名前だけが印刷されていた。名前はRさんというらしい。

僕は、かれこれ半年以上、引きこもり生活を続けている。高校を卒業して勤めていた会社で過酷なノルマを追う日々に心を病み、出社できなくなってしまった。小さな会社なので、労働基準法の遵守などはなから頭になく、パワハラを訴えでる相談窓口など存在しなかった。
無為にすごした半年。わずかばかりの貯金はほぼ底をつきかけていた。

そんな落ちこぼれの僕をわざわざ訪ねてきて、Rさんは、「スカウトしたい」という。
「何のスカウトですか?」
「アルバイトです」
目が点になった。芸能事務所のスカウトなどを想像していたわけではもちろんないけど、アルバイトのスカウトのために家を訪ねてくるなど聞いた例がない。ますます怪しい。
気持ちが顔に出ていたのだろうか、「まぁ、そう怪しまず、話を聞いていただきたい」とRさんは言って封筒を僕に差し出す。
中には5万円が入っていた。
「手付き金です。正式にご就業となればすぐにお支払いいたします」
そう言って、Rさんは僕から封筒をもぎとった。
僕は目の前の現金の魅力に負けそうだった。
「で、バイトの内容はなんなんですか」
「ごくごく簡単なものです。交通量調査などをイメージしていただければと思います。指定された場所に立っていただくだけです」
「立っているだけ、ですか」
「はい、それだけです」
「それで5万ももらえるんですか」
「はい」
犯罪絡みのニオイがぷんぷんしてきた。気づかぬうちに振り込め詐欺の出し子にさせられるとか、そういう話なのではなかろうかという気がしてくる。
「怪しい仕事ではありませんよ」
「どうして僕なんですか?」
「あなたは選ばれたのです。あなたが断った場合、他の人にお願いしたりもしません。このお仕事自体なくなります」
依然として怪しむ気持ちに変わりはなかったが、『選ばれた』という言葉に心をくすぐられなかったといえば嘘になる。人から必要とされたことなど、人生で一度だってあったろうか。いや、ない。自分でなくてもできる仕事しかしてこなかった。
この半年は生きているのか死んでいるのかわからないような状態で、時間だけを消費してきた。そんな僕を頼ってくれる人がいる。僕の心は大いに揺らいでいた。
「どうです?試しにやってみるというのは。試していただいてから、お断りいただくのはかまいません」

僕はRさんの車に乗って移動している。
口車に乗せられた感じはしないでもない。
けど、振り返ってみれば、自分には失うものなどない。そう考えたら、断る理由がなかった。
運転中、Rさんは一言もしゃべらなかった。
車は高速道路に乗る。
流れる風景が、ビルから田畑へと変わっていく。
高速を降りると、山道をのぼっていく。
日が傾いてきて、街灯が少ない峠道は寂しい感じだった。車通りもほとんどない。
再び不安が頭をもたげてきた。
もしかして、Rさんの正体は殺人鬼かなにかで、失踪しても誰も心配しない僕を次の犠牲者として選んだのではないかという気がしてきた。
逃げた方がいいだろうか、そう悩んでいると車がとまった。
あたりには何もない。
真っ暗な山道の中途だ。
「降りてください」
「ここが目的地なんですか?」
「はい」
車を降りると、まだ少し肌寒かった。
木立の葉がこすれてサワサワという音を立てている。
音らしい音は、それしか聞こえない。
人家もなければ見渡す限り街灯もない。
Rさんが運転席から降りてきた。
僕は緊張した。いったいこれから何が始まるのだろうか。
「では、そのあたりに立ってみてください」
Rさんは、ガードレールの方を指差した。
僕は言われた通り場所を移動する。
「はい結構。では、その場所で待機していてくださいね」
と言って、Rさんは車に戻ろうとする。
「あの、、、僕は何をすればいいんですか」
「ただ、そこにいてください」
「それだけですか?」
「はい。それがあなたの仕事です」
Rさんは運転席に乗り込むと、車はUターンして来た道を戻っていった。
何かあるのかと思ったら、ほんとうに何もなかった。
真っ暗な山道に1人残された僕は、心細さに身体を縮こめるしかなかった。

Rは、バックミラーで青年の様子をうかがった。
これで仕事は終わりだ。
もう、あの物件で何かが起きることはないだろう。
Rの職業は霊能力者だった。
事故物件に残ってしまった地縛霊をなんとかして欲しいという依頼を家主から受けて、あのアパートに向かった。
引きこもりの青年は首を吊って自殺したが、自分が死んだことに気付いていなかった。
最近は、ストレートな除霊ではなく、こういうやり方をとることが多くなった。
孤独な霊が以前より増えたと思う。
霊も誰かに必要とされたいのだ。
だから、その心理をついてやれば、余計な労力を使わず地縛霊に執着した土地から離れてもらうことができる。
騙しているような申し訳なさはあるが、これも仕事だと割り切っている。
青年がこれからどうなるのかはRにもわからない。
人通りの少ない峠道であれば人に迷惑をかけることはほとんどないだろう。
願わくば早く成仏して、彼の魂に安寧が訪れて欲しい。
そう祈りながら、Rは家路に向かって車を走らせた。

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