【怖い話】お線香

父が亡くなって、半年ほどしてからのこと。
ある日、母が不在の時に、父の友人がお線香をあげにきてくれた。
私は一人娘だったけど、父のことはあまり知らなかった。交友関係などもっての他だ。
仲が悪かったわけではない。
むしろおしみなく愛情を注いでもらったと思う。
ただ、父は寡黙な人で自分のことを私に語ってくれたためしがほとんどなかった。
だから、父の交友関係の一端に触れられた気がして嬉しかった。

父の友人を仏前に案内した。
座布団に座って、父の友人が線香を一本箱から取り出し、置いてあったマッチを擦った。
ところが、マッチに火がいっこうにつかない。
擦っても擦っても火花があがるだけで点火しなかった。
2人して、首を傾げて顔を見合わせるしかなかった。
友人の方は、自分のライターをポケットから取り出し、線香に火をつけた。
すると、火がついたまではよかったけど、今度は火がまったく消えず線香が激しく燃え上がった。
あやうく友人の方の服に引火するのではないかと心配になるほど赤々と燃え上がったが、息を強く吹きかえるとようやく静かに一筋の煙が立ち上るだけになった。
母が古い線香を買い替えずにおいていたせいなのではないかと思って、私は恥ずかしくなった。
生前の父の様子を聞きたくて私は「お茶でも・・・」と声に出しかけた。
ところが、その時、消えかけていたお線香から、息を吹き返したように、炎が上がった。
燃え尽きる前の花火のように激しい燃え方だった。
なんとも奇妙な出来事が続き、声をかける機会を失ってしまい、父の友人はそのまま帰ってしまった。

夕方になって母が帰宅し、昼間の出来事を報告していると、母の顔が曇った。
「どんな人だった?」
母が問い詰めるように言った。
普段、温厚を絵に描いたような母にしては珍しい反応だった。
私が、父の友人の人となりを描写して聞かせると、母は溜息を深くついた。
「その人、お父さんからお金を盗んだ人だ」
「え?」
詳しく聞くと、私がまだ小さかった頃、父は中学の同級生から色々な金融商品への投資や骨董品の買取をもちかけられていたらしい。
同級生を信用していた父は気前よく貯めていた貯金から費用を捻出したらしいが、同級生の話は出鱈目ばかりで、ずいぶんお金を取られてしまったらしい。今考えれば、詐欺だとわかるが当時はまだ周りにもそういう被害にあう人が少なかったので気がつくことができなかったようだ。

それを聞いて昼の出来事を振り返ると、線香にいっこうに火がつかなかったり激しく燃え上がったり、父が私に、その男を信用するなと警告を発していてくれていたのかもしれないなと思った。
亡くなってもまだ心配してくれてるのかと思うと、私は泣きそうになった。

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