【怖い話】凡人

世の中には、プロ怪談師なる仕事がある。
その名の通り、怪談を語り、お客さんからお金をもらう人達だ。これは、そんなプロ怪談師のKさんにイベント前に語っていただいた怖い話だ。

Kさんが、怪談語りを始めたのは数年前に遡る。
元々は落語家を目指していたKさんだったが、なかなか芽が出ず、流行のSNSで怪談を思いつくまま投稿したのが話題になり、怪談師として活動を始めた。
いくつか怪談イベントを渡り歩くうち評判になり、そこそこの収入が得られるようになった。

そんな、ある日のこと。
怪談イベントを終えて帰ろうとしていたKさんに話しかけてきた青年がいた。
仮にSさんとする。
Sさんは、Kさんの熱心なファンだと言い、弟子入りさせてくれないかと頼んできた。
落語家時代、師匠に怒られる毎日を送っていたKさんにとっては驚きの提案だった。
落語家として、いつか自分の弟子を持ちたいと常々思っていたKさんは、「弟子は取らない主義なんだが」とつれない態度を取りながらも、内心では気を良くして、Sさんの弟子入りを許した。
プロ怪談師の弟子入りなど、なかなか話にも聞かないし、どう扱っていいのか困ったけど、とりあえず自分のイベントに帯同させて面倒を見させた。
Sさんは、一言でいってしまえば、暗い青年だった。
極度の猫背で影が薄く、小枝のように手足が細いので、風が吹けばとんでいってしまいそうだった。
けれど、ファンを自称するだけあって、Kさんのいうことはなんでも聞くし、身の回りの世話を嫌がることもなく引き受けた。
けど、頼んだことはしょっちゅう忘れてしまうし、とても抜けが多い。
普通に社会で仕事をしていても、まともに働けやしないのではないかとKさんは思った。
それでも、Kさんは、師匠らしいことをしなくてはと思って、Sさんに怪談語りをさせてみた。
ところが、Sさんの語りというのが、まあ、つまらないものだった。
話の途中でしょっちゅうつっかえるので話が入ってこないうえ、全く怖くない。
「そんなつまんねえ怪談お客さんに聞かせるっていうのか、え?」
Kさんは、落語の師匠を真似て、Sさんを厳しく指導した。
何回かお手本を見せてKさんの語りを聞かせ、同じ怪談を語らせてみるのだけど、Sさんが話すと全く怖くない。
「そんなんじゃお客さんは聞いてられないよ。全く怖くない。お前さん、本気で怖い思いをしたことがないんだろう。だから、怪談を話せないんだよ。だいたい、なにやらせても勘が鈍いよ。お前さんみたいな取り柄のない凡人がどんな頑張ったってなんにもならないよ。怪談語ろうなんざ、100年早い。怪談師目指すなんてやめちまえ」
Kさんがピシャリというと、Sさんは黙って俯いてしまった。
さすがに言いすぎたかとKさんは思ったが、口は止まらない。
凡人・・・
落語の師匠に言われてKさんが最も傷ついた言葉だ。
師匠にやられた弟子イビリを自分がしているとは思うことなく、Kさんは次から次へとSさんを叱責した。
すると、次の日からSさんは、ぱったりと姿を見せなくなった。
(なんだ、意外と根性のねえ野郎だったな・・・)
Kさんは、そう思いながら、苦い顔でタバコを吸った。

その後も、Kさんは変わらず怪談イベントに引っ張りだこだった。
忙しい日々の中で、Sさんの存在など忘れかけていた頃、ふいに、とあるイベント会場にSさんがひょっこり現れた。
リハーサルをしようと本番と同じく照明を落とした暗いステージにKさんが上がると、Sさんがステージ上で待っていたのだ。
「・・・黙って逃げ出したヤツがいまさらなんのようだ」
Kさんは冷たく突き放したが、声のトーンに言葉ほどの刺はない。
それもそうだ。
いまさら怒りなど湧いてこない。
逃げた弟子なんて、Kさんにとってははじめからいなかったと同然。
最近は、頭の片隅に思い浮かべたことすらなかった。
「とにかく、こう暗くちゃ話ができない。明かりをつけてもらうぞ」
「センセイ、待ってください。明るいと台無しです。怪談は雰囲気が大事だといつもおっしゃっていたじゃないですか」
「なんだ。お前はオレに怪談を聞かせにきたっていうのか」
「はい、もちろんです」
「いよいよ、わからないな。オレから逃げ出して、これほど時間が経ってからわざわざ怪談噺を聞かせにくるのはどういうわけだ」
「センセイ、言いましたよね、お前みたいな凡人は、頑張ったって何にもなれないからやめちまえって。覚えていますか?」
Kさんは自分が言ったことをすっかり忘れていた。
落語の師匠を真似ていただけであって自分の心からの声ではなかったので、それも無理はない。
「そんなこといったか」
疑問が声となっていた。
「ええ。昨日のことのように覚えています。それはそれはショックでした。センセイは私の憧れの人でした。その人に、凡人呼ばわりされて、夢だった怪談師を諦めろと言われたのです」
「そいつは悪かったな」
恨み言を言いに来たのだろうか。
だとすれば、気味の悪い執着だ。
懐に刃物でも仕込んでいやしないか、Kさんは、その方が心配になった。
「こうも言われました。お前は、本物の恐怖を知らない。だから、怪談をそれらしく話せないんだって」
「親心だよ。ウケない話をお客に披露しても、苦労するのはお前さんだぞ」
「たしかに、そうですね。ボクには語りの才能がなかった。ですから、ボクは、本当の恐怖というのを体験するために、全国各地のいわくつきの場所を巡っていたのです。そうすれば、本物の恐怖を経験できるかと思って」
Sさんの語り口は以前のものとは打って変わっていた。絞り出すようにボソボソとしゃべるのは変わらないのだが、声の持つ力がはっきり違った。
一言一言が呪文のように耳の奥で反響する。
まるで別人だった。
Kさんは冷や汗が背中に流れるのを感じた。
怪談師をはじめてこのかた、人の怪談噺に怖いと思うことはめっきり減っていた。
なのに、Kさんは今、はっきりとSさんの話に恐怖を感じ始めていた。
「・・・でも、ダメでした。全国の有名な心霊スポットを訪れてみても、怪奇現象なんて何一つ起きませんでした。樹海や、何人も人が死んでいる事故物件、自殺の名所の橋、どこもダメでした。怪談話なんてほとんど嘘っぱちなんだとはっきりわかりました。けど、時間だけはたっぷりありました。ボクは、いわくつきの場所で、時には24時間以上、自分と向き合って思索にふけりました。座禅を組んで瞑想をするようなこともしてみました。自分とは何者なんだろう、なぜ生まれてきたのだろう。無能な凡人として生きる人生になんの意味があるんだろう。考えても考えても答えはおりてきてくれませんでした。けど、旅を続けながら何日もそんなことをしているうちに、あることに気がついたのです。何者でもない自分。何者でもないのであれば、逆をいえば何者にでもなれるのではないか。それに気がついた時、悟りがおりてきたような心地がしました。そうだ、ボクは何者でもないのだ。だから、何者にだってなれる。それが、わかったら、自分の中に変化がおきてきました・・・」
Sさんが一歩前に進んだ。
Kさんは思わず声をあげそうになった。
Sさんだと思っていた人物は、Sさんではなかった。
全くの別人の顔をしていた。
けど、同時に目の前にいる人物は、まぎれもなくSさんだとも感じる。
独特の猫背は変わらない。
「お前、誰だ・・・」
「驚きましたか。ボクは何者でもないんです、だから何者にでもなれるんですよ、センセイ。ボクはそれから色々な人になり変わり、色々な人の人生を歩んできたのです」
すると、目の前のSさんの顔がぼんやりしはじめ、焦点があわなくなった。
目が霞んだのかと思ったがそうではない。
Sさんの顔が別人の顔に変化していたのだ。
やがて、Kさんの目の前に見慣れた顔が現れた。
Kさん自身の顔だった。
まるで鏡と向き合うようにうり二つの顔がそこにあった。

「・・・というお話です。」
Kさんは語りを終えるとタバコに火をつけた。
聴き終えた私は不思議な心地だった。
なんとも奇妙な話だったが、すわりの悪い気持ちが残った。
これで終わりなのだろうか。
「その後、Sさんはどうなったんですか」
「わかりません。煙のように消えちまいましたよ」
そう言って、Kさんは、煙をフーッと吐き出す。
私がしばらく呆然と椅子に座っていると、
今回のイベントの主催者の男性がやってきた。
「Kさん、また弟子の話してるんですか?」
「なんとも奇妙な話ですね」と私が感想を告げると、主催者の男性は笑った。
「でも、創作ですよ」
「創作?」
「私はKさんとつきあい長いですが、この人に弟子なんていたことないんだから」
「そうなんですか?」
Kさんに尋ねると、Kさんは小さく微笑みを返すだけだった。
「人を怖がらせるのが、怪談師ですからね。ね?Kさん」
Kさんはそれにも返事を返さず、
「さて、私はそろそろ本番なんで失礼しますよ」
と言って席を立った。
楽屋に戻るKさんは、極端に背中を丸めた猫背で歩いていく。
そして、一度だけ私を振り返ると、ニィと笑った気がした。

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