湯島のホテルの怖い話

東京都文京区の湯島は、かつて湯島天神を中心に花街が拡がっていた場所だ。
その名残りか、マンションや雑居ビルに溶け込むように小規模なラブホテルやシティーホテルが数多く存在する。

これは、湯島のホテルで会社員のYさんが体験した怖い話。

Yさんは、システムエンジニアで、クライアントのシステムの保守管理を担当していた。
ある時、担当するシステムでトラブルが発生し、夜まで作業していた。
システムを総点検しバグを取り除き作業が完了した時には終電が終わってしまっていた。
Yさんの自宅は、東京から電車で1時間30分ほどかかる。
会社はタクシー代を負担してくれないが、一泊分のホテル代は経費にできた。
ネットカフェで朝まで過ごしてもよかったが、あいにくその日は本降りの雨が降っていてうろうろ歩きたくなかったのと、明日も朝早くから作業が待っていたのでゆっくり身体を休めたかった。
遅い時間だったが、ネットで空いているホテルを検索すると、湯島のホテルが一件ヒットした。
価格もかなり安い。
Yさんは、さっそくネットでそのホテルを予約し、タクシーでホテルまで向かった。

到着して、Yさんは少し戸惑った。
ホテルがあったのは裏通りで、表の看板に「ショートステイ」「ロングステイ」と書かれている。
どうやら元々はラブホテルだったらしい。
中に入ってみるとより一層それが顕著にわかった。
大きな花瓶や美術品などが配置された大理石のフロントは、一見豪華そうに見えて、チープで軽薄な感じがあった。
なんとなく気恥ずかしさを覚え、男1人で泊まれるのかと心配になったが、問題なくチェックインできた。

部屋は想像以上に広くて豪華だった。
ダブルベッドに、大きなお風呂、カラオケ設備までそなえつけられていた。
同じ価格のビジネスホテルだったら、こうはいかないだろう。
ひとまず身体を休めることはできそうなのでYさんはホッと一安心した。
室内着に着替え、ベッドに潜り込むとすぐに睡魔が襲ってきた。
ところが、しばらくうつらうつらとまどろむうち、Yさんはあることに気がついた。
音が聞こえる。
タン、タン、タン、タン・・
と、一定のリズムの音。
ベッドサイドの壁の方からだ。
なんの音だろうと思った。
隣の部屋の音かと思ったが、そもそも立地上、壁の向こうは外だし、話し声や物音が聞こえるわけではない。
タン、タン、タン、タン
一定の早いリズムで音が繰り返されている。
あぁ・・・Yさんはようやく合点がいった。
思い当たればなんのことはない、雨がホテルの外壁に当たる音だと思った。
雨の音だけが壁を通して聞こえるというのも不思議ではあったが、建物の音の反響で思わぬ場所の物音が聞こえたりするものだ。
Yさんは、再び眠りにつこうと目を閉じた。
タン、タン、タン、タンと音は続いている。
そうして、またまどろみ始めた頃だった。

タン、タン、タン、ドン・・タン、タン、タン、トト、ドン・・・

さっきまでなかった音が混じり始めた。

タン、タン、タン、ドン!・・タン、タン、タン、ドン!

雨音と違って、壁に何かが打ちつけられているような、鈍くて大きい音だった。
気にしないで寝ようと思うのだが、どうにも眠りにつくことができない。

しかも、だんだん、ドン!の数が増えてきている気がする。
そして、音も大きくなってきている気がした。
気づけば完全に眠気は覚めていた。
身体は疲れているのに眠れないという、最悪な状態だ。
「なんなんだよ」
思わず独り言を発しながら、起き上がり、Yさんは目の前の光景に絶句した。
首から血を流した女が、壁によりかかってこっちを睨みつけている。
まっすぐに頸動脈を切った傷から滴った血が床に当たって、タン、タンと音を立てている。
女が一歩足を進めるたび、ふらついて壁に当たり、ドン!と鈍い音がする。

タン、タン、タン、ドン!タン、タン、タン、ドン!

女はじわりじわりとYさんがいるベッドに近づいてきている。
怖いのに目が離せない。
叫びたいのに声がでない。
女が近づく。
Yさんは身をよじって逃れようとするが、金縛りにあったようにベッドから抜け出せない。
女の血で真っ赤に染まった手がYさんの方に伸びてきて・・・

・・・気がつくと朝だった。
夢?
まだ心臓は高鳴っていたが、夢だとわかりホッとした。
時計を見ると、朝5時だ。
もう一眠りしようと、寝返りを打って、Yさんはギョッとした。
ベッドのシーツがぐっちょり濡れている。
カバーをめくりあげると、ベッドシーツが血で真っ赤に染まっていた。
まるで、Yさんの隣で、夢に出てきた血だらけの女が眠っていたかのようだった。

Yさんは、必死でシャワーを浴びて、逃げるようにホテルを後にした。
その後、ホテルからは特に何も連絡はなかった。

あの体験はなんだったのか、思い出すと今でも気味が悪い。
それ以来、Yさんは、終電を逃してもホテルを使うことはなくなったという。

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