【怖い話】ベランダ

この夏、かねてからの念願だったマンションを購入した。
中古ではあったが、自分の持ち家ができたのは、感慨深いものであった。
通勤もだいぶ便利になり、ローカル線の終電を気にしながら働く必要もなくなる。
いまのところ結婚する予定もないし、このまま生涯独身だとしても、自分の家があるのとないのではだいぶ安心感が違うと思った。

住み始めて一週間は問題なく過ぎた。
ところが、だ。
9月のある夜のこと。
まだ残暑が残っていたので、寝室の窓を開けて寝ていたら、ほのかにタバコのニオイが鼻を刺激した。
私の部屋は東側の角部屋なので、おそらく左隣の部屋のベランダで住人が喫煙をしているのだろう。
数年前、禁煙するまでは私も吸っていたので、うるさいことは言いたくなかったのだけど、やめてからというものタバコのニオイがダメになったのと、そもそもマンションのルール上、ベランダでの喫煙が禁じられていたのを思い出し、クレームでも入れようかとおもったが、新参者の自分が騒いで心象を悪くするようなことがあってはよくないと思い直し、素直に窓を閉めてクーラーをいれた。

ところが、だ。
しばらくして管理会社から電話が入った。
はじめは愛想がよかったが、話を聞くと、どうも私がベランダで喫煙していると誤解され、隣の部屋の住人からクレームが入ったようだとわかった。
「赤ちゃんがおられる住人もおられますので、やはりタバコの煙というのがですね、、、」
態度は慇懃だったが、私の喫煙を決めつけてるのにはさすがに腹が立ち、
「私はタバコ吸いませんから」と強めに言い切って電話を切った。
電話を終えてから、どういうことなのだろう、と疑問が頭をもたげた。
隣の部屋の人は、どうもタバコを吸わない人らしい。わざわざ管理会社に連絡するくらいだから本当なのだろう。そして、私がベランダでタバコを吸っていると誤解している。
上か下の階から煙が流れてきているのだろうか。

なんとなく釈然とせず日々を過ごした。
それからはなるべく窓を開けないようにしていたが、週末、換気のために窓を開けてみると、ふわりとタバコのニオイが漂ってくる。
近くでタバコを吸っている人がいるのは間違いないのだが、相手がはっきりしないことには管理会社に文句も言いづらい。自分のように誤解されて不快な思いを相手に与えたくない。

そんなある日。
おかしなことに気がついた。
ベランダに干していた洗濯物の並び順が微妙に変わっている気がした。
上下セットで購入したジャケットとパンツを並べて干したはずなのに、取り込む時には物干し竿の端と端に動いていた。
風のいたずらとは考えづらかった。
だれかが動かした?どうやって?
薄気味が悪くなった。

タバコのニオイといい、洗濯物の件といい、まるでベランダに私以外の誰かがいるみたいだ。
洗濯物の移動はそれからもしばしば発生した。
私が留守の間にベランダ越しに誰かが侵入しているとでもいうのか。
しかし、私の部屋は8階だ。
そんなスパイダーマンみたいな人間がいるだろうか。
しかも下着類などが盗まれているわけでもない。
ただ、干した洗濯物が動かされているだけだ。

考えても論理的な答えが得られないのが怖かった。
オカルト好きの友人のアドバイスで、ベランダに盛り塩とコップに注いだ清酒を置いてみた。
何か超常的な存在を信じたわけではない。
ただ、この現象が止むのなら、理屈に合わなくてもいいから対策をしたかった。それくらいのストレスを感じていた。

翌朝、ベランダを確認して私は目を見張った。
わずか1日で盛り塩はドロドロの固形物と化していて、清酒は黒く濁っていた。
一体、私のベランダで何が起きているのか。
盛り塩でのお清めをアドバイスしてくれたオカルト好きの友人に再度相談すると、「絶対ベランダに悪い霊が取り憑いている」と言われた。
それまで、心霊体験を経験したことなどなかった私はただ呆気に取られるだけだった。
「中古マンションなんでしょ?前の住人がどんな人だったか知ってるの?」
友人にそう言われたが、不動産業者を通じて購入しているので知るよしもない。
事前に説明はなかったので瑕疵物件ではないはずだ。前の住人が不審な死に方をしたりはしていないはず。
でも、たしかに、前の住人なら何か知っているかもしれない。
私はダメ元で管理会社に連絡をして、「聞きたいことがあるので前の住人と連絡が取れるか」と尋ねてみた。
案の定、何か聞きたいことがあれば代わりに聞くので具体的に教えて欲しいと言われた。
まさか、おかしな現象に悩まされているとも言えず返事に困っていると、管理会社の人が「あっ、そういえば」と続けた。
「次に入居された人に何か聞かれたら、『窓際に神棚を置いてお供え物をするといいと伝えて欲しい』とはおっしゃってましたね」
私は言われた通りにした。
神棚を購入し、お菓子を毎日供えた。
すると、嘘のように、ベランダからタバコのニオイが入ってくることも洗濯物の位置が変わることもピタッとなくなった。
この家で何が起きていたのかは結局わからずじまいだ。
けど、今も私は毎日お供え物を欠かさず、その部屋で暮らしている。

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