【怖い話】【怪談】ペット彼氏

私の元同僚のEさんの話。

Eさんは、スラッとして身長は高いのだけど、なんとなく爬虫類を思わせる顔をしていて、どこか近寄りがたい印象がする女性だった。
同じ部署で長い時間を一緒に過ごしていなければ、しゃべったりもしていなそうな気がする。
けど、話してみると意外と気さくな人で、冗談も通じるし、愚痴も聞いてくれる優しい姉御肌の人だった。
ただ、どうしても私には理解できないことがEさんにはあった。
それは、自分が付き合っているカレのことを「ペット」扱いするのだ。
はじめは照れ隠しの比喩か冗談か、それとものろけなのかと思った。
でも、話しを聞いていくうちにどうもそうじゃないことがわかってきた。
「今日はエサを置いてきたから大丈夫」
「かまってあげないと、うるさい」
それらは人間の彼氏に対しても言う人はいるかもしれないけど、飲み会で近況を聞かれたEさんは大勢がいる前で自分の彼氏についてこう表現した。
「この前のヤツは言うこと聞かないから捨ててきたの。で、新しいの拾ったの」
Eさんは笑っていたが冗談を言っている顔ではなかった。
その場では、みんな取り繕った態度でフォローしていたけど、内心、引いていた。
少し感覚が違う人なんだろうなと私も思った。
ただそのこと以外では普段は仕事もちゃんとやるし、全く人間づきあいも問題ないので、あまり気にしていなかった。
欠点なんて誰しも持っているよね、くらいに考えていた。

そんなある日のこと。
仕事が忙しくて、終電を逃してしまったことがあった。
その時、オフィスに残っているのは、私とEさんと別部署の男性スタッフだけだった。
すると、Eさんがこう言った。
「私の家だとタクシーで近いから、泊まっていく?」
私は男性スタッフと顔を見合わせた。
自宅までタクシーを使うと数千円じゃきかない金額だし、かといって、経費にならないのにビジネスホテルに泊まるのも気が引けたので申し出はありがたかった。
男性スタッフも同じだったようで、私たちはEさんのマンションに向かった。
それに、Eさんがどんな暮らしをしているのか下世話な興味がないわけでもなかった。

タクシーで会社から20分ほど走った幹線道路沿いにEさんのマンションはあった。
駅近で築浅のいい物件だった。
部屋に上がらせてもらうと、想像を超えてオシャレな感じだった。
私がよく使う量販店にはなさそうな家具類に観葉植物。ワインセラーまで備えている。
飲み物を用意しながらEさんは言った。
「基本自由にしてもらっていいけど、玄関入ってすぐの部屋だけは入らないでね?」
そういえば、たしかに玄関入ってすぐのところに閉め切ったドアがあったっけ、私はそう思った。
Eさんのマンションの間取りは2LDKで、今私たちがくつろいでいるリビングダイニングと接する形でEさんの寝室があった。Eさんがその部屋から部屋着に着替えて出てきたので間違いない。
とすると、玄関すぐの部屋は荷物置き用の部屋か何かかなと考えるのだけど、その時、私の脳裏にEさんの昔の発言がふとよぎった。
「Eさんてカレと同棲してるんですか?」という質問に対して、Eさんは真顔でこう言った。
「同棲っていうか、飼ってるの」
・・・もしかしたら、閉じきった部屋はカレの部屋なのかもしれない。そんな気がした。
だからといってどうということはない。
変にEさんに恋愛話を振って、また理解に苦しむ話をされても困るので、「入るな」と言われて、私は話を深掘りするような真似はしなかった。
3人で軽くワインを飲んで、シャワーを借りて、リビングのソファに横にならせてもらった。
Eさんは自分の寝室に行き、男性スタッフは床に布団を敷いて寝た。
電気を消して、目をつぶっていたが、なんとなく眠れず何度か寝返りを打った。
男性スタッフの寝息が聞こえた。
しばらくスマホをいじっていたが、ふとお手洗いに行きたくなった。
お手洗いはキッチンを超えて玄関側に進んだところにあった。
お手洗いの奥は、例の部屋だ。
私はふと足を止めた。
急に部屋を覗いてみたいという欲求がムクムクと湧き上がっていた。
自分の中にそんな下世話な根性があったことが意外だったが、入るなと言われば入りたくなるのが人間心理だろう。という言い訳を自分に言い聞かせ、私は問題の部屋の前に立つ。
引き戸を少しだけ開けて中を覗いてみた。
真っ暗でよく見えない。
ただ、戸を開けた瞬間、隙間からムワッと生暖かい空気と一緒に生き物の体臭のようなニオイが漂ってきた。
やはり誰か(または何か)が中にいるのは間違いない。
その時、チャリ・・・チャリ・・・と金属同士がぶつかるような音がした。
目を凝らす。
次第に目が暗闇に慣れてきて、部屋の中が薄ぼんやり見えてきて、、、私は思わず声を上げそうになった。
部屋には男の人がいた。
私と同年代の20代後半くらいに見える。
身体を丸めて寝そべっている。
その首には、、、首輪がかけられていて、首輪から金属のチェーンが伸びていた。
チェーンの先は、クローゼットの壁に埋め込まれた太い金属製のハンガーポールに固定されていた。
まるで、本当にペットのような、、、いや、これは監禁なのではないか、私の頭は混乱して、思考が停止した。
とにかく見てはいけないものを見てしまったのは間違いない。
ドアをそっと閉め、引き返そうとした瞬間、廊下に立つEさんと目が合った。
心臓が口から飛び出そうなくらい驚いた。
「どうしたの?」
そう言ったEさんの目は据わっているように見えた。
「・・・あ、トイレに」
心臓はバクバクだったけど、私は平然を装って答えた。
「明日も仕事だから早く寝た方がいいわよ」
私の返答に納得したのかEさんは温和な顔つきに戻っていた。
おそらく、部屋を覗いていたことは気づかれなかったのだと思う。
私はソファに戻って寝たフリをしたが、当然眠れるわけがなかった。
朝方までどうすべきか考えたが、結局、私は見て見ぬフリをすることを選んだ。
今までのEさんの発言からしたら、そういうプレイというか性癖なんだという気がした。
いや、そう思いたかったのだと思う。
恐ろしい話とは関わりたくなかったのが正直な気持ちだ。
翌朝、寝不足で顔色が悪く口数が少ない私を、Eさんはしきりに心配してくれた。

それからというもの、私は何事もなかったようにEさんと接した。
もちろん、頭の中ではあの部屋で見た光景が何度も再生されているが、私は理性でその映像に蓋をした。
ただ、そんな無理を続けたせいか、体調を壊しがちになった。
Eさんと同じ職場にいるのは限界だと感じた。
そんなある日、飲み会があって、運悪くEさんの近くになってしまった。
すると、Eさんはこちらが聞いてもいないのにこう言った。
「前の子は捨てて、最近、新しい子を拾ったのよ」
「あっ・・・新しいカレできたんですね」
私はそう言って、笑顔を取り繕った。

その翌日のことだった。
以前、一緒にEさんの家に泊まらせてもらった男性スタッフが最近無断欠勤を続けているという噂を聞いた。
Eさんのマンションのあの暗い部屋にもしかしたら彼は、、、最悪のイメージが頭に浮かんだ。
私はその日に退職願を出すことに決めた。
そして、職場を離れた後で、匿名で警察に電話をしようと思った。

今日がその日だ・・・。
私はスマホで110番を押した。

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