三重のホテルの怖い話

 

私は、三重県津市のビジネスホテルで清掃のアルバイトをしているのですが、これは職場のホテルで体験した怖い話です。

私の主な仕事は、チェックアウトした部屋の清掃とアメニティの補充、ベッドメイキングなどです。
チェックアウトの10時頃になると慌ただしくなり、部屋を次から次へと渡り歩き清掃をします。

単純労働ですので決して楽しいといえる仕事ではありませんが、私なりのささやかな楽しみが一つありました。
それは、チェックアウトした部屋にどんな人が宿泊していたのだろうと思いを巡らせることでした。

チェックアウトした部屋の様子は千差万別です。
シーツやタオルをきれいに畳んである部屋もあれば、テレビはつけっぱなしでアメニティがばらまかれている部屋、シングルルームなのに宴会でもしたかのようにゴミ箱が溢れている部屋など、いろいろです。
その部屋に、どんな人が泊まったのかと想像して遊ぶと意外に楽しくて、同僚とお互いの想像を話して盛り上がったりしていました。

中でも、とりわけ変わった部屋に巡り合ったことがありました。
アメニティのバスローブやタオルを使った形跡がなく、ゴミ箱も空、ベッドのシーツもメイクしたまま使われた跡がなく、まるで誰も泊まらなかったかのような有様でした。
ただ、一つだけ、人が泊まった形跡が残っていました。
それは、ベッドのシーツの上に、ポツンと置かれた一輪の赤い薔薇でした。
花束からこぼれ落ちたとか、そういうことなのだろうとはわかっていましたが、まるで清掃員の私へのプレゼントかのように見えなくもありませんでした。
なんとも都合がいい発想ですけど、宿泊客を想像する遊びが流行っていたこともあって、仲のいい同僚のCさんとあれこれ妄想して楽しみました。
イギリス紳士みたいな人が泊まっていて清掃員を労うために薔薇を残してくれたのではないかと私の意見を話すと、Cさんは鼻で笑い、不倫相手に花束を買ってきて、途中で逃げられただけじゃない?と言い捨てました。
Cさんの想像の方が正解に近いだろうことは自明でしたが、現実には存在しないようなステキな男性の姿をつい夢想してしまいました。

しかも、一輪の薔薇が部屋に残されたのは、一度だけではありませんでした。
その宿泊客は常連らしく、1〜2ヶ月に一度は、ベッドに薔薇が置かれた部屋の清掃に当たりました。
『薔薇の人』
そんなあだ名が清掃スタッフの間でつけられました。
どんな人なのだろう。
そして、なぜ薔薇を毎回残すのだろう。
好奇心は日毎にむくむくと膨らみ、ついに私は、その人を確かようと思い立ちました。
顔なじみの受付担当の女の子に、薔薇が置かれていた日付と部屋番号を告げて、どんな人だったか聞いてみました。
あまり特徴もない中年の男性だった気がすると受付の女の子は言いました。
次に顔を見たらわかると思うので、今度泊まった時にこっそり部屋番号を教えますね、と女の子と約束をとりつけました。

そして、数日後。
受付の女の子から、『来ましたよ』というメッセージと部屋番号がLINEで送られてきました。
私は、翌朝、早めに清掃をはじめ、廊下で『薔薇の人』が出てくるのを待って顔を確認するつもりでした。
道義的にはホテルスタッフがやってはいけないことですが、その時の私は倫理観が好奇心に負けてしまったのです。
8時頃から、廊下で、清掃用の台車にシーツやアメニティを補充するフリをしながら、時間をつぶしていました。
30分ほどして、教えてもらっていた部屋のドアが開く音がしました。
いよいよ対面の時です。
身体が緊張で熱くなるのがわかりました。

けど、変でした。
『薔薇の人』は部屋から出てくるわけではなく、ドアは小さく開いただけでした。
不思議に思っていると、ドアの隙間から、白くて長い手だけが出てきて、手招きしました。
・・・出てくるのを待っていることに気づかれている。
私は、恥ずかしさと罪悪感で顔が真っ赤になりました。
もしかして、私達が部屋の客を空想して楽しんでいたように、『薔薇の人』も清掃員がどんな気持ちで部屋を掃除しているのか想像して、楽しんでいたのかもしれない。
ハッとそんな気がしました。
手招きはゆっくりとした手つきで続いています。
・・・行ったらいけない。
なぜか、そう思いました。
けど、心の警告とは裏腹に、私の足は一歩また一歩と、手招きに誘われるように部屋に向かっていました。
そして、部屋の前まで来ると、ドアがゆっくりと開きだし・・・。

「もう、◯◯さん、掃除用具出しっ放しでなにやってんのよ」
清掃スタッフのCは、ぶつくさ文句を言いながら、その部屋の掃除を始めた。
ベッドの上には真っ赤な薔薇が一輪置かれている。
例の『薔薇の人』がまた宿泊したのだろう。
でも、なぜだろう、いつも置かれている薔薇より赤く見える。
まるで血を吸ったかのように・・・。
ブルッと背筋に寒気が走った。
変な想像はやめよう。
Cは薔薇をゴミ箱に入れて、手早く清掃を済ませると、電気を消して部屋を後にした。

Cの同僚の清掃スタッフは、その日、職場から無断でいなくなり二度と仕事にはこなかったという・・・。

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