雑司ヶ谷霊園の怖い話

 

雑司ヶ谷霊園は東京都豊島区南池袋にある霊園で、夏目漱石や怪談で有名な小泉八雲など、著名人が眠る墓地として知られている。

これは雑司ヶ谷霊園前にある雑司ヶ谷交番で勤務していた警察官Kさんが体験した怖い話。

Kさんが雑司ヶ谷交番に配属されたのは20代の頃。
それまで賑やかな駅前や繁華街近くの交番勤務が多かったKさんは、殺傷沙汰など修羅場を何度か経験し、もうそれ以上の恐ろしいことはないと思っていた。
けど、墓地の目の前の交番というのは今まで感じたことがない異質の怖さと緊張があった。

Kさんが特に嫌だったのは夜間のパトロールだった。
自転車に載って管内をパトロールするのだけど、道の両脇を墓地に囲まれた霊園内の道もパトロールの順路に入っていた。
その道を通る時は、いつもスピードを上げて、あまり周りを見ないようにして駆け抜けていた。
まっすぐ伸びた道には、もちろん街灯があるのだけど、街灯の光が届かない闇の中に何かが潜んでいてこっちを見ているような気がしてならなかった。
その道を通るたび、早くパトロールを終えて交番に戻りたくてしょうがなかった。

そんな、ある日のことだった。
Kさんが、真夜中に雑司ヶ谷霊園の道をパトロールしていた時、ふと、視線の左の方で何かが動いた気がした。
Kさんは、ギョッとした。
左側の道路沿いのお墓に人が立っている。
スーツを来た男性のようだ。
こんな夜中に墓参りだろうか。
思わず、男性の人影を避けるように道路の右側に寄った。
手を合わせているのだろうか、人影はお墓に向かってジッと立ったままだった。
いや、本当にお墓参りの人なのだろうか。
そんな疑念が頭にうずまく。
背中を冷や汗が流れるのを感じた。
人影の方を見ないよう、通り過ぎてから、後ろを振り返って、Kさんは言葉を失った。
人影が忽然と消えているではないか。
やはり、生きた人ではなかった。
Kさんは無我夢中で自転車を漕いだ。
早く、この道を抜けよう。
その一心だった。

その時、複数の子供の声が霊園の奥の方から聞こえた気がした。
キャッキャッと追いかけっこをしているようなはしゃぐ声だ。
こんな夜更けに子供の声がするのはおかしいと思ったが、警官としての本能でKさんは自転車を止めて、闇に包まれた霊園に目を凝らした。
すると、うっすら、小さな複数の影が墓地の隙間を走り抜けていくのが見えた。
近所の子供が夜中に霊園を遊び場にしているのかもしれない。
そう思ったKさんは自転車を停めて、懐中電灯を手に霊園の中に入っていった。
お墓とお墓の間の細い道を進んでいく。
視界はほぼ、懐中電灯の丸い光のみだ。
再び子供たちの嬌声が奥の方から聞こえた。
なんだか、どんどん奥の方に招かれているような気もしたけど、職業的な義務感でKさんはずんずん足を進めた。

道の少し先を照らす懐中電灯の明かりが、うずくまる子供たちの姿を捉えた。
地面に絵でも描いているように見えた。
そうだとしたらバチ当たりだから止めさせないと、そんなことをKさんが考えていると、子供が一斉に振り返った。
・・・それは子供ではなかった。
ぽっこり突き出たお腹。
身体に対して不自然に細い手足。
髪は禿げ上がっていて、顔はしわだらけで幼くも老人のようにも見える。
ボロ絹のような布切れを下半身に巻いているだけだ。
地獄絵図に出てくる"餓鬼"の姿そっくりだとKさんは思った。
Kさんはそれらを目に留めるや、すぐに回れ右をした。
餓鬼のようなモノ達は、奇声を上げながら、四つ足でKさんの後を追ってきた。
Kさんは、霊園を全速力で走った。
どこからか別の"餓鬼"の群れが回り込むようにKさんの前に現れた。
"餓鬼"達は墓石を飛び石のように使って、Kさんに迫ってきた。
追いつかれると思った矢先、Kさんは霊園から道路に転がり出た。
"餓鬼"達は、それ以上、追ってこなかった。
霊園の外に出られないようだった。
"餓鬼"達は、悔しそうな唸り声を上げ、暗闇に溶けるように消えていった。
近くにKさんの自転車があった。
Kさんは、息を切らしながら自転車にすがりついて漕ぎ出した。
あの"餓鬼"達が、この世のモノでないのは確かだ。
とにかく交番に逃げようとKさんは思った。
その時、視界の左隅に、また、お墓に祈るように立つ男性の姿が見えた。
また幽霊か。
気にせずスルーしようと、かまわず自転車のスピードをあげた。
すると、クルッと男性がKさんの方を振り返り、自転車の前に飛び出てきた。
Kさんは悲鳴を上げ、転倒した。

倒れた自転車のタイヤがカラカラと鳴っている。
起き上がって慌てて前を確認すると、男性の姿は消えていた。
転倒する前、Kさんは、男性の顔を一瞬みた。
まるで、小動物か何かに食いちぎられたような跡が顔にいくつもあったという。
もしあの"餓鬼"の群れにつかまっていたら、自分も同じ目にあっていたのかもしれない、そうKさんは思ったという。
雑司ヶ谷霊園での恐怖体験はそれ一度だけだった。
けど、霊園の道を通るとき今でも時折、子供がはしゃぐような声が聞こえる気がするのだという。

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