【怪談】【怖い話】ひょっこりさん

 

小学校の時、生徒達の間で「ひょっこりさん」と呼ばれるおじさんがいた。

通学路に、野球がギリギリできるくらいの広さの空き地があって、その空き地が僕たち小学生の格好の遊び場になっていた。
空き地の入り口は道路に面していて、他の三辺はアパートや一軒家などの住宅に接していて塀や柵で境界が区切られていた。
「ひょっこりさん」は、空き地に面した一軒の家に住んでいるおじさんのことだった。
僕たちが野球をしたり鬼ごっこをしたりして遊んでいると、塀の上からひょっこり頭だけをのぞかせて見ている。
どんな日も、いつの間にかひょっこり現れる。
だから、「ひょっこりさん」。
何か話しかけてきたりするわけではない。
「ひょっこりさん」はただジッと僕たちが遊ぶ様子を見ているだけだ。
落ち窪んだ目はギョロッとしていて眉毛は困ったように八の字に下がっている。
笑っているようにも泣いているようにも見える不思議な表情をいつもしている。

空き地遊び場が初めての子は、「ひょっこりさん」を気味悪がる。けど、みんなやがて、「ひょっこりさん」の存在に慣れて気にしなくなる。
僕たちは「ひょっこりさん」の視線を浴びながら遊ぶのが普通だった。
空が茜色に染まり、そろそろ帰ろうという時刻になると、「ひょっこりさん」はいつのまにかいなくなっている。
ちょっと不思議でちょっと怖い、それが子供心に抱いた「ひょっこりさん」への印象だった。

中学生になると空き地遊びを卒業して、立ち寄らなくなったけど、高校2年の時、数年ぶりにその空き地の前を通りかかった。
大きくなってから見ると、空き地のスペースはずいぶん狭かった。
よくこんな広さで野球などやっていたものだと過ぎ去った懐かしい時代を想い、寂しい気持ちがした。
「ひょっこりさん」のことは、空き地の塀を見るまで、すっかり忘れていた。
苔むしたコンクリート塀を見て、記憶がブワッとよみがえる。
と同時に僕は言い知れぬ不安を感じた。
なんだろう・・・とても違和感があるのに、その正体がわからないような、そんな気持ち。
・・・そうだ。違和感の正体は、この塀の高さだ。
ゆうに2m近くある。
子供時分に見上げていた際は、気にならなかったが、ずいぶん高い塀だ。
この塀の高さから顔を覗かせるとなると身長が2m以上あるか、踏み台を使わないといけない。
普通に考えれば踏み台に乗っていただけなのだろうけど、何か引っかかるものを感じた。

その話を、小学校から一緒の同級生に話すと、「ひょっこりさん」が何者なのかみんなで見にいこうという話になった。
塀越しにしか見たことがない「ひょっこりさん」が普段どんな生活をしているのか、塀の裏側の自宅の方に行って確かめようとした。
言ってしまえば、暇つぶしのちょっとした肝試しみたいなものだった。
僕はあまり乗り気がしなかったけど、誘われる形で、同級生3人と、空き地裏の「ひょっこりさん」の自宅に向かった。
到着した瞬間、僕は後悔し始めていた。
来てはいけなかった、そんな胸騒ぎがした。
けど、それを言い出すと、みんなから馬鹿にされるのがわかっていたので、黙っていた。
築50年は経過していそうな瓦屋根の日本家屋。
空き地の方に続く庭は雑草が生え放題で、家全体が荒んだ空気を放っていた。
僕たちは「ひょっこりさん」が、空き地でサッカーをする小学生の様子を眺めているのを事前に確認していた。
つまり、今、敷地を通って塀の方に回り込めば、「ひょっこりさん」の裏側を見れるというわけだ。
僕たち4人は忍び足で「ひょっこりさん」の自宅の庭を進んだ。
伸び放題の雑草をなるべく踏まないよう慎重に進む。
僕は前から3人目だった。
先頭の同級生が、ふと足を止めた。
「どうした?」
2人目の同級生が尋ねても、先頭の同級生は返事をしなかった。
2人目の同級生と僕は首を伸ばして、奥の光景を見た。
そして、絶句した・・・。
裏庭から塀越しに空き地を覗く「ひょっこりさん」の背中が見えた。
ただ、「ひょっこりさん」の太ももから下が存在しなかった。
なのに、頭は塀の上に出ている。
宙に浮いていた。
言葉が出なかった。
ズタズタになったスラックスの先は赤黒く染まっていた。
目の前の光景が信じられなかった。
叫びだしそうになるのをこらえるのに必死だった。
その瞬間、「ひょっこりさん」がクルッと振り返って、目が合った。
「ひょっこりさん」の瞳は、爛々と怪しい光を放っていた。
我慢の限界だった。
僕たちは悲鳴を上げながら、一斉に逃げ出した。
腰を抜かさなかったのが不思議なくらいだった。
気がつくと、高校まで逃げてきていた。

それから、僕たちは一切、空き地に近寄らなくなった。
風の噂で聞いた限り、「ひょっこりさん」は今でも空き地を覗いているらしい、、、

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