【怪談】【怖い話】上を向いて歩こう

 

これは、会社の後輩で変わった癖を持つ男の話。

仮に名前をDとしておく。
Dにはおかしな癖があった。
ふとした時に上を向きながら歩くのだ。
取引先に向かって一緒に歩いている時、飲み会の帰り道、ランチに行った時、気がつくとDは高層ビルの屋上の方を眺めるように上を向いている。
まるで空を飛ぶ宇宙船を探しているかのようにも見えた。
ところが、Dの視線の先を目で追っても、鳥一匹飛んでやしない。
何を見てるのか聞いてみると、気まずそうに「いえ、なにも」と言ってはぐらかす。
その変な癖があること以外はDはいたって普通の男で、仕事もできるし社内の評価も悪くなかった。

ある日の帰り際、Dとエントランスで出くわした。並んで駅まで帰っていると、また例の奇妙な癖で、Dは上を向いて歩き出した。
いつもなら気にせずやりすごすのだが、その日は少し踏み込んでみたい気持ちになった。
「なあD。お前いつも上向いて歩いけどいったい何を見てるんだよ」
「いえ、なにも」
「誰にも言わないから教えてくれよ。何か理由があるんだろ」
「・・・聞かない方がいいですよ」
「なんでだよ。余計気になるだろ。教えてくれよ」
「後悔しても知りませんよ」
「俺なら大丈夫だって」
「上を向いているんじゃなくて、下を見ないようにしてるんです」
「下を?なんで?」
「・・・目が合わないようにですよ。目が合うと見えてるって気づかれてしまいますから。先輩知ってました?この横に建っているビルで10年以上前に飛び降りがあったの」
Dの話がどこへ向かうのか、さっぱりわからなかったけど、目は自然と下の地面を向いていた。

その時、あり得ないことが起きた。
目が合ったのだ。
地面に這う血まみれの女が俺の顔を見上げていた。
女は俺と目が合うと、ニタァと笑った。
ヒッと今まで出したことがない声が出た。
「先輩。走って逃げましょう」
オレはDに言われるがまま駅まで走った。

女は追ってきてはいなかった。
肩で息をしながらオレはDにたずねた。
「お前さっきのアレが見えないように上を向いてたのか」
「そうです。先輩はオレから話を聞いてしまったから、影響を受けて見えたんだと思います。ああいう奴等は何もあそこだけにいるわけじゃありません。そこら中にいるんです。気づいてないフリをしてやり過ごすのが一番なんです」
Dが上を向いて歩く理由はわかった。
聞かなければよかったと後悔しても遅かった。
一度見えてしまったからか、それからというもの、オレにも時折、おかしなものが見えたり、何もない平らな場所で頻繁につまづいたりするようになった。
ついにはある日、
「先輩、なんで上を向いて歩いているんですか?」と女性の部下に言われてしまった。
「いや。べつに」
歯切れの悪いDの返事のワケが今頃わかっても遅かった。
Dは先日亡くなった。
道路に飛び出して走ってきた車にひかれたのだ。
見晴らしのいい通りだったので自殺の可能性が疑われた。
オレは果たして、Dの意志だったのかと怪しんでいる。

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