【怪談】道後温泉の怖い話
道後温泉は、四国・愛媛県松山市の温泉で、日本三古湯の一つといわれ、夏目漱石が小説『坊ちゃん』の中で描いたことでも有名だ。
道後温泉の象徴となっている道後温泉本館は、重要文化財に指定されており、千と千尋の神隠しの油屋のモデルとなったといわれている。
その本館を中心に、多くの土産物屋、飲食店、旅館・ホテルが軒を連ねていて、大勢の観光客で連日賑わっている。
これは、数年前、Yさんが彼女と道後温泉に遊びにいった時に体験した怖い話だ。
Yさんと彼女は道後温泉のホテルにチェックインすると、部屋に荷物を置いて、浴衣に着替え、道後温泉の散策に出かけた。
名物の『坊ちゃん団子』などを食べ歩き、道後温泉本館で温泉につかった後、2人はホテルに戻った。
夕食を食べて、部屋へ戻ろうと、廊下を歩いていると、Yさんは自分達の後ろを歩く気配を感じた。
横目でチラッとうかがうと自分達と同じようなカップルのようだった。
しばらく2組は同じペースで歩いていった。
Yさん達の部屋は廊下の奥にあった。
まだ、後ろのカップルもついてきていた。
部屋がずいぶん近くなのかもしれない。
そんなことを考えてるうちに、自分達の部屋の前についた。
そこで、振り返ると、さっきまで確かにいた気がするカップルが消えていた。
どこかの部屋に入ったような音は聞こえなかった。
Yさんが鍵を開けずに固まっていると、彼女がいった。
「ついさっきまでいたよね?」
彼女も後ろをついてくるカップルに気づいていた。
けど、2人ともはっきりと姿を見たわけではない。
なんか気持ち悪いね、そう言い合って2人は部屋に入った。
部屋に戻ると、さらに奇妙なことがあった。
電気やテレビがついていた。
部屋を出る前に確かにどちらも消した記憶があるのにだ。
Yさんも彼女も、すっかり怖くなってしまった。
部屋を替えてもらえないかフロントに電話を入れてみたけど、あいにくその日は満室だと断られた。
2人とも気分が盛り下がってしまったので、まだ早い時間だったけど、寝ることにした。
電気を消すのは怖かったので、照明をつけたまま、2人はベッドに入った。
しばらくまどろむうちYさんは眠りに落ちた。
どれくらい寝ただろう。
Yさんは目が覚めた。
もう一眠りしようかと思った矢先、Yさんはギョッとした。
つけっぱなしにしていた部屋の明かりが消えて真っ暗になっていたのだ。
慌てて、となりで眠っている彼女を起こそうと手を伸ばした時、Yさんをさらなる恐怖が襲った。
Yさんの指に触れた長い髪の毛。
彼女はショートカットのはずなのに・・・。
隣で背中を向けて眠っているのは一体誰なのか。
Yさんは、悲鳴をあげるのをこらえて、這いつくばるように部屋の外に逃げた。
しばらく廊下をうろうろ歩いてから、様子をたしかめに部屋に戻った。
すると、部屋の鍵がかかっている。
ノックしても応答なし。
次第にYさんは心配になってきた。
彼女が閉じ込められてるんじゃないか。
ノックの力が強くなり、彼女の名前を叫んだ。
音を聞きつけた周りの部屋の人がドアを開けて何事かと顔を出したと同時に、従業員さんがやってきた。
「どうされましたか?」
「か・・彼女が部屋に閉じ込められてるんです!」
従業員さんもただならぬ事態が起きたのかもしれないと血相を変えた。
その次の瞬間、ガチャリと音がしてドアが開いた。
見知らぬ中年男性が寝ぼけ顔で出てきて、「なんですか?」と言った。
わけがわからなかったが、Yさんは男性を押しのけて部屋に侵入した。
後ろから悪態をつく声が聞こえたが気にならなかった。
ところが、ベッドにいたのは浴衣姿の見知らぬ中年女性だった。
夫婦であろう2人がYさんと従業員に文句を言っている声が遠く聞こえた。
その時、部屋番号が記されたプレートがYさんの目に留まった。
自分達が宿泊する部屋の一階下の番号が刻まれていた。
従業員さんが部屋を間違えたようだと夫婦に謝罪し、Yさんは連れ出された。
ドアから覗いていた野次馬も失笑顔で自分達の部屋に戻った。
廊下にYさんと従業員さんだけになった。
「すいません」
わけもわからず一階下に降りていたことを詫びるしかなかった。
従業員さんは何も言わず黙ってYさんが自分の部屋に戻るのについてきた。
部屋のドアをノックすると、しばらくして彼女が出てきた。
彼女はYさんの顔を見て驚いたようだった。
「なんで?だって、いま、ベッドに・・・」
彼女が振り返るとベッドに寝ていたYさんの姿は忽然と消えていた。
「チェックアウトするか、起きていた方がいいですよ」
ドアのところに立っていた従業員さんは訳知り顔でそう言い残し去っていった。
Yさんと彼女は、肩を寄せ合い朝を待った。
朝まで特におかしなことが起きることはなかった。
朝食も食べずに逃げるようにチェックアウトすると、ホテルの前からタクシーに乗り込んだ。
今日は松本観光をするつもりだった。
くたくたに疲れていたけど、せっかくの旅行の予定を崩すこともしたくなかった。
タクシーに乗ると彼女は安心したのか、すぐに眠ってしまった。
バックミラー越しにタクシー運転手さんと目があった。
「お客さん、×0×号室に宿泊したんじゃないですか?」
「どうしてわかるんですか?」
Yさんは驚いた。
「だって、連れてきちゃってますよ」
その言葉を聞いた瞬間、Yさんは全身の総毛が震え上がった。
その後、Yさんは予定を変えてタクシー運転手にすすめてもらったお寺でお祓いをうけた。
ふんだりけったりの旅行のせいかはわからないが、Yさんはそれからすぐに彼女と別れたそうだ・・・。
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