【怖い話】音霊

 

音霊というものをご存知だろうか。

その名の通り、"音"の"幽霊"。
誰もいない夜道で突然声をかけられたり、呼ばれたと思ってあたりを見回しても誰も呼んでいなかったり、そんな経験があったらそれは音霊の可能性が高い。
これは、そんな音霊に悩まされているMさんの怖い話。

Mさんは、建設会社で作業員として働いている。
家から会社までは自転車で15分ほどだ。
通勤の道中、必ず通らなければいけないトンネルがあって、ひと気のない夜だととても怖かった。
その日も、帰るのが夜遅くなって、車とすれ違うこともほとんどないトンネルにさしかかった。
薄暗く、じめっとしたトンネル内は、何回通っても慣れることなく背筋が寒くなる。

トンネルも半ばを過ぎた頃だった。

「@(nt_%€」

突然、人の声がすぐ近くで聞こえた。
何を言っているのかはわからなかった。
男の声のようにも女の声のようにも聞こえた。
ただ、周りを見回しても誰もいない。
たしかに人の声だったのに。
Mさんは、ゾッとして、急いでトンネルを抜けた。

それからというもの、頻繁にトンネルで謎の声を聞くようになった。
何度聞いても何を言っているのかはわからなかった。
トンネルをもう使いたくなかったけど、通らずには職場にたどりつけない。

何か伝えたいことがあって声をかけられているのだろうか。
Mさんはそう思って、トンネルを通る時、スマホで録音をしてみた。
その日も、トンネルの半ば付近で声が聞こえた。

自宅に帰ってから、録音した音声を聞いてみた。
音を大きくしても意味のある言葉は聞こえなかった。
なんとか聞き取れないか。
そう思ったMさんは、音声をスロー再生してみた。

「・・・スヨ」

何か言葉が聞き取れた気がした。
もう一度聞いてみる。

「コロスヨ」

Mさんは椅子から転げ落ちそうになった。
「コロスヨ」たしかにそう聞こえた気がする。
いや、きっと何かの間違い、気のせいだ。
もう一度再生する。
「殺すよ」
いくぶんさっきよりはっきりそう聞こえた気がした。

翌日、Mさんは事情を話して仲のいい同僚に音声を聞いてもらうことにした。
スロー再生を聞いた同僚は飛び上がって驚いた。
「なにこれ、心霊系?」
けど、同僚以上に驚いていたのはMさんだった。
昨日は「殺すよ」と聞こえた言葉が、今日は「早く死んで」と聞こえた。
録音されたデータのはずなのに、まるきり言葉が変わっている。
もう一度聞いても「早く死んで」に聞こえた。
聞き間違い?
いや、確実に言葉が変わっている。
一体何が起きたのか。
不可解でしょうがなかった。

とりあえず、早く消した方がいいという同僚のアドバイスに従って、Mさんは録音データを消去した。

Mさんは、トンネルを通る時、音楽を聞くことにした。
イヤホンで大音量でロックを聞いてれば、おかしな声にわずらわされなくてすむ。

しばらくは、それでよかった。

けど、一ヶ月後。
今度は自宅にいる時に、おかしな声を聞いた。
トンネルで聞いたあの声のような気がした。
声が自宅まで追ってきたのか。
そんなまさか。

仕事中や外出中に声は聞こえなかった。
どうも声はMさんの自宅に取り憑いているらしい。
Mさんは、仕事に行っている間、一日自分の部屋を録音してみることにした。
わざわざそのために長時間録音できる機械も買った。
怖くて仕方ないのに、確認せずにはいられなかった。

その日、自宅に戻ったMさんは、緊張する指で録音機の再生ボタンを押した。
サーッというノイズが流れだす。
それ以外は何の音もしない。
いくら聞いていても、変わらなかった。
・・・よかった。
そう思って、スイッチを切ろうとした時、突然それは始まった。
声が聞こえた。
1つや2つではない。
何人もの声。
老若男女混ざっている。
意味不明な呪文の合唱。
聞いているだけで精神が壊れそうな声の洪水。
Mさんは、自分の家から靴もはかず逃げ出した。

Mさんは神経を病んでしばらく入院することになった。

退院してMさんは、すっかり元気になった。
私にこの体験を語ってくれたのは、その頃だ。
ちなみに、"音霊"と名づけたのもMさんだ。
Mさんは、こうも言っていた。
「あの体験以降、音にすごく敏感になって。音霊の存在がわかるようになったんです。あいつらは、至る所どこにでもいます。ただ、気づいてないだけです。きっとあなたの自宅にも。信じるか信じないかはあなた次第ですが、気になるなら、一度、自宅の音を録音してみるといいと思いますよ。きっと面白い音が取れるから」

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