【怖い話】借り

 

ご近所に住んでいたYさんは、少し変わった方です。
かつては一流企業の部長をしてらしたそうなのですが、それゆえかプライドが高く、人に"借り"を作るのが極端にお嫌いなのです。
どちらかというと貸し借りを作るのは誰しも嫌かと思いますが、Yさんは極端なのです。

Yさんは70歳を過ぎたあたりから足を悪くされ杖をついていたのですが、一度、私はYさんが道端で転倒する場面に出くわしました。
私が駆け寄って「大丈夫ですか?」と手をさしだすと、「うるさい!助けなどいらない」とすごい剣幕で怒鳴られました。
これはごく一例で、万事がそのような感じなのです。
お裾分けを持っていっても「そんなものいらん」と平気でつき返し、豪雨でご近所一帯が床上浸水した時もYさんだけボランティアのお手伝いを固辞しました。
一番私達を驚かせたのは奥様がお亡くなりになった時です。
私達は葬儀を手伝うと申し出たのですが、Yさんはたった1人で密葬を済ませ、噂によれば奥様の親族すら葬儀に呼ばなかったそうです。
そこまでくると、強迫観念というか心のどこかに問題を抱えているのでは、と私達は思っておりました。

けど、人が死ぬまで誰にも頼らずに生きるというのは難しいことです。
Yさんがさらに年を重ねれば1人きりで生活するのは難しくなるでしょうし、もしかしたら最期は寝たきりになるかもしれません。
そうなったら、Yさんも人の世話のありがたみを感じて変わるかもしれない、そんなことを漠然と考えていたのですが、私達はYさんのことを理解できておりませんでした。

ある日、Yさんは忽然といなくなりました。
自宅や家財の一切を売却し、文字通り姿を消したのです。
後でYさんの親族の方から聞いて知ったのですが、Yさんは財産贈与を済ませ、親族の方にも行き先を告げずにいなくなったそうです。
Yさんは誰にも見つからない場所で一人孤独に死を待っているのではないか、と親族の方はおっしゃっていました。

一体何がYさんをそこまで突き動かしていたのでしょうか。
"借り"を作らないという妄執に取り憑かれたYさんを思うと、私は身が凍る恐怖を覚えるのです。

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