【怖い話】呪いのマトリョーシカ

 

ロシアの伝統的な民芸品、マトリョーシカ。
胴体に切れ目が入った人形をパカッと開けると、ひと回り小さな同じ人形が入っている。
中の人形の胴体にも切れ目が入っていて、開けると、また一回り小さい人形が。
そうやって何層にも入れ子構造になっているのが特徴だ。
そんなマトリョーシカにまつわる怖い話。

Dさんは、老人ホームの職員だった。
ある年の年末、大掃除で倉庫を整理していたら、奥の方から、古びたマトリョーシカが出てきた。
誰かのロシアみやげだろうか。

Dさんは、いくつくらいの人形が中に入っているのか気になって、マトリョーシカを開けていった。
人形は全部で3つだった。
案外少ないなとDさんは思った。
不思議なことに、最後の人形の胴体にも切れ目が入っていて、開けるとまだまだ人形が入りそうな空洞があった。
もしかすると続きの人形があったけど無くなってしまったのかもしれない、とDさんは思った。

そのマトリョーシカは金髪の少女がモチーフになっていたのだけど、じっと見ていると、なんだか不安な気持ちにさせられた。
西洋のアンティークドールに感じる不安感と似ていた。
粗大ゴミとして捨ててしまおうと思ったけど、上司の人がせっかくだから飾ろうと言い出した。

玄関の飾り棚の上に、マトリョーシカは置かれることになった。

数日後のことだった。
祖父母のお見舞いに訪れたらしい男の子が物珍しそうにマトリョーシカを開けていた。
人形の中に人形が入っているという不思議な入れ子構造に顔を輝かせている。
と、次の瞬間、Dさんは目を疑った。
並んだ人形が4つ。
昨日までなかった、4つめの人形があらわれたのだ。
大きさからして、ないと思っていた続きの人形に違いない。
「これ、どこにあったの?」
Dさんは、4つ目の人形を指差して、男の子に声をかけた。
「中に入ってたよ」
男の子がどこかで見つけたわけではないらしい。
人形の中に入っていたのだ。
4つ目のマトリョーシカも胴に切れ目が入っていた。
開けてみると、空洞だった。
まだまだ入りそうだ。

その日、Dさんは、色んな職員に声をかけてみたけど、4つ目のマトリョーシカを見つけたという人はいなかった。
まるで、新しく生まれたみたいだ。
4番目のマトリョーシカの噂は、怪談話として、職員の間でにわかに騒ぎになったけど、2週間もすると、みんな気にしなくなった。
もとから4つだったのかもしれないと、事実を捻じ曲げて納得してしまった。
でも、Dさんだけは、近くを通るたび、マトリョーシカが気になって仕方がなかった。

そんな、ある日。
Dさんは、入居者のおばあちゃんが、テーブルで、マトリョーシカを開けているのを見かけた。
マトリョーシカの人形の数をかぞえて、Dさんは目を疑った。
おばあちゃんは、今まさに、4つ目の人形の中から、5つ目の小さな人形を取り出すところだった。
また、いつのまにか一体増えてる。。。

Dさんは、すぐに上司に報告し、何かおかしいのでマトリョーシカを飾るのはやめた方がいいと伝えた。
上司は、誰かのイタズラだろうと、まともに取り合ってはくれなかったけど、マトリョーシカに関しては、好きにしていいと言ってくれた。
Dさんは、すぐに捨てるつもりだったけど、それは叶わなかった。
タイミング悪く、ホーム内でインフルエンザの感染者が出たのだ。
上へ下への大騒ぎで、寝る時間を削って働くことになり、事態が収拾したのはそれから1週間後だった。

日常が戻って、Dさんは今日こそマトリョーシカを処分しようと思った。
捨てる前、Dさんは最後に人形を確認することにした。
なんでそうしようと思ったのかは、わからない。
何もおかしなことは起きてないと確かめて、安心したかったのかもしれない。
ところが、安心するどころではなかった。
5体目の人形を開けると、ひと回り小さな6体目が出てきたのだ。
また、増えた。。。
嫌な汗が背中を流れるのを感じた。
脳はもうやめた方がいいと言ってるのに、震える手は6体目をも開けていた。
7体目が現れた。
まだ終わりじゃなかった。
7体目を開けると8体目が・・・。
3体も増えていた。
Dさんは、3という数字に引っかかった。
というのも、インフルエンザで亡くなった入居者がちょうど3人だったのだ。
まるで誰かが死ぬと、新しいマトリョーシカができるみたいではないか。
それとも単なる偶然なのだろうか。
いや、振り返ってみると、倉庫で3層のマトリョーシカを見つけてから、
4体に増えるまでにも、入居者がひとりなくなっている。
5体に増えた時はどうか。
亡くなった人は思い当たらない。
けど、Dさんには、この恐ろしい符合に、何か意味がある気がしてならなかった。
マトリョーシカを持ったまま事務室に戻って、当時の日誌を確認した。
何かおかしなことは起きてないか、穴が空くほど日誌を読み返したけど何も発見できなかった。
その時、同僚の職員がDさんに話しかけてきた。
「ねえ、知ってる?〇〇さんのお孫さん、交通事故で亡くなったらしいわよ」
4体目のマトリョーシカを見つけた男の子だ。
全て繋がった。
やはりマトリョーシカは人が死ぬと増えるのだ。
いや、そもそもこのマトリョーシカが、その人達の命を奪っているのかもしれない。
このマトリョーシカが呪われているのは間違いない。

Dさんは、急いでホームの建物裏にいった。
そこには昔使われていた焼却炉があった。
ただ捨てるだけでなくマトリョーシカを燃やしてしまおうと思ったのだ。

しかし、Dさんは、マトリョーシカを燃やすことはできなかった。

Dさんは、同僚職員により、焼却炉前で倒れているのを発見された。
すでに亡くなっていた。
その死に顔は、とても恐ろしい物を見たかのように恐怖でゆがんでいたという。
遺体の傍らにはマトリョーシカがあった。
開けてみると、マトリョーシカは全部で9体あったそうだ。

そのマトリョーシカが今、どこにあるかは不明だ。
ある文化人類学者によれば、10層を超えるマトリョーシカには、悪魔が乗り移っている可能性があるらしく、見かけたら決して近づかない方がいいらしい。

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