【怖い話】視界のすみに立つ人

 

視界のすみに人が立っているような気がして、そちらを見てみたら、誰も立っていない。
そんな経験をしたことが誰しも一度はあるのではないだろうか。

僕は一時期、その感覚に悩まされたことがある。
大学4年の春のことだった。

就職活動が始まり、慣れないリクルートスーツで企業説明会や面接に駆け回る日々だった。

ある日、ひとり暮らししているアパートに帰ると、ワンルームの部屋の入ってすぐ右の隅に誰かが座っていた。
ハッとして顔を向けると誰もいなかった。
気配は、ベッドと押し入れの間からした。
錯覚にしては、はっきりと人の存在を感じたけど、くたくたに疲れていたので、そのままベッドに倒れこんで眠ってしまった。

それが始まりだった。
それから、視界のすみに誰かの気配を頻繁に感じるようになった。
時と場所を選ばずだ。
歩いている時のこともあれば、面接中に会議室の隅から気配がしたこともある。
気配がした方に目をやると誰もいない。
だんだんと気味の悪さを感じ始めた。

「それ、おばあちゃんじゃないの?」
久しぶりに実家に帰った時、顔色が優れないと言われたので、母親に事情を打ち明けるとそういう答えが返ってきた。
「就活がんばれ、って出てきてくれたんじゃない?」
励ますために言ってくれていたのだとは思うけど、祖母なのではないかと言われると、本当にそんな気がしてきた。
僕はおばあちゃん子で、とてもかわいがってもらった。
祖母が応援に駆けつけてくれたのだと考えると、視界のすみの気配もそれほど気にならなくなった。

そして、ようやく内定が一つ取れて、一安心した夜。
ベッドで寝ていると、部屋の入口の方から、いつもの気配がした。
チラリと目をやると着物を着た人影が見えた。
やっぱり祖母が見守ってくれていたんだ。

「ありがとう、ばあちゃん」
つぶやくと、突然、人影がドタドタドタと寝ている僕に向かって走り込んできた。
お腹に衝撃を感じた。
人影が僕に馬乗りになっていた。
覆い被さるように目の前に現れた顔。
それは、祖母のものなどではなかった。
ボサボサの髪に血走った目をした老婆。
老婆はノコギリのようにギザギザの歯をカチカチ鳴らし僕をにらみつけていた。

覚えているのはそこまでだ。
気がつくと、翌朝になっていた。

・・・あの老婆は何だったのか。
ストレスが溜まっていたり疲れていると、悪いモノを寄せ付けやすいらしいと友人には言われた。
確かに、就活が終わると、視界のすみに気配を感じることはピタッとなくなった。

もし、今、視界のすみに何者かの気配を感じることがある人は、心が弱っているサインかもしれない・・・。

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