無限ループの怖い話

 

僕が勤める会社はオフィスビルの5階に入っていた。
もちろんエレベーターはあるのだけど、僕は健康のために階段を使っていた。

ある日のこと。
いつものように半分寝ぼけながら階段をのぼって出社していた。
何年も通っているので目をつむっていても感覚だけでたどりつける自信があるのだけど、その日は何かがおかしかった。
階段とオフィススペースを隔てるドアにセキュリティカードをかざすとエラーになった。
何度やっても同じ。
階数プレートを見ると、一つ下の4階になっていた。
各階のドアは権限のないセキュリティカードでは開かない仕組みになっていた。

5階分上った気がしたのにおかしいな、と思いながら、もう一階上がった。
踊り場で折り返し、残りの半分を上がって
、僕は目を疑った。
『4』という階数プレート。
今さっき確かに4階のプレートを確認してから、階段を上がったのに・・・。
僕は慌てて引き返して階段を下った。
また、4階。
馬鹿な・・・、そんなわけない。

僕は半ばパニックになって、今度は、階段を2階分駆け上がった。

またしても4階・・・。

その上もその上もその上も4階だった。
もちろん、どの4階だろうと、セキュリティカードは反応しない。
下っても下っても下っても4階。
僕は・・・4階の無限ループに迷い込んでしまった。そうとしか思えなかった。
『日常のすぐ隣に異次元がある』
何かの本で読んだフレーズが頭に浮かんだ。

それから、何百階分の4階を見ただろう。
体力の限界がきて、僕は踊り場に寝そべった。
もうすぐお昼だ。
かれこれ数時間階段をのぼりおりしている。
今はそれどころではないけど、とっくに仕事は遅刻だ。
携帯電話はどこにも繋がらず、助けを求めることもできない。
このまま、この異次元空間を出られないのか、そう思い始めた時だった。

ピッ

ガチャ

一階上のドアが開く音がした。
僕はガバッと起き上がり階段を駆け上がった。
ドアのところに後輩のSが立っていた。
Sはキョトンとしている。
「先輩、こんなところでなにやってるんですか?部長が無断欠勤かって怒ってましたよ?」
階数プレートは5階になっていた。
僕は4階の無限ループから戻ってこられたらしい。
泣きそうになった。

オフィスに行くと、部長にこっぴどく怒られた。連絡もしないなんて社会人としての意識が欠けてるとかなんとか。普段からパワハラまがいの嫌な男なので、かっこうのエサを与えてしまった形だ。
けど、助かったという安堵があまりに大きくて、いくら人格否定されて罵られようと気にならなかった。
4階の無限ループにはまってましたなんて誰も信じてくれないだろうから黙っていた。
明日からはエレベーターを使おう、そう心に誓った。

・・・話はこれで終わりではなかった。
僕と入れ違いに階段を降りていったSがコンビニにお昼に買いに行ったきり戻ってこなかったのだ。
もう3日目になる。
家に帰った形跡もなく何かあったのではないかと会社は警察に届けを出した。
部長は僕に続きSかと、誰から構わず当たり散らしている。
・・・けど、僕だけは気づいていた。
Sは、おそらく、4階の無限ループにはまってしまったのだ。

何度か助けにいこうとした。
階段に続くドアを開けて、呼び掛けてみたけど、返事はなかった。
ドアの中に踏み込む勇気は出なかった。
僕は一つ仮説を立てていた。
あの無限ループを抜ける方法は、別の誰かが無限ループに迷い込むことなのではないかと。
Sには悪いと思ったけど、中に入ってしまったら、また自分が4階の無限ループに迷い込んでしまうような気がしたのだ。

けど、さっき、いい方法を思いついた。
僕は、今度、部長を階段にうまく誘ってみるつもりだ・・・。

#297

-怖い仕事, 怖い話