【怖い話】禁足地の秘密 #284

 

僕が住んでいた村には、禁足地があった。

禁足地とは、人が立ち入ってはならない神聖な場所のことだ。
うかつに立ち入ると不幸に見舞われたり、死ぬこともある。
有名な禁足地には、千葉県市川市の「八幡の藪知らず」がある。
駅から5分程度の場所にある、わずか18メートル四方の藪。
その藪には囲いがしてあり入口がない。
一度、立ち入ると迷って出てこられないと伝えられている。

僕の村の禁足地は村外れの洞窟だ。
入口は小さなトンネルくらいで、人が十分入れる広さがある。
注連縄がかけられた入口は、子供の背丈くらいの柵に囲まれていて、
容易に人が立ち入れないようになっている。
村の言い伝えによると、洞窟は地獄に繋がっていて、禁を破って洞窟に入ると二度と出てこられないのだという。
親から聞いた話では、何百年も誰も立ち入っていない場所だという。

僕が小学4年生のある日のこと。
二歳離れの弟が夜になっても帰ってこなかったことがあった。
近所を探したけど見つからず、友達の家にもいっていなかった。

僕はその前夜のことを思い出した。
弟に禁足地の洞窟の話をしてやると、顔を輝かせて聞いていたのだ。
禁じられた場所というのは子供にとっては逆に魅力的に映るというものだ。
冒険心を刺激された弟は、ひとりで禁足地に行ってしまったのではないか。

僕は懐中電灯を手に家を飛び出した。
兄としての責任感だったのだと思う。

禁足地に続く山道は電灯のない獣道。
虫の音以外は自分の足音しか聞こえない。

真っ暗な山道を歩いて20分ほど。
禁足地の洞窟に出た。
夜の洞窟は、日中とは様子が全然違った。
化け物が口を開けて獲物を待っているように見えた。
辺りの空気は異常なくらい張り詰めていた。

なかなか洞窟に入る勇気が出なくて表から弟の名前を呼んだけど、
一向に返事はなかった。
懐中電灯の光は洞窟入口付近までしか届かない。

僕は柵を乗り越えて禁足地の領域に入った。
柵を越えた瞬間、体感温度が急に下がった気がした。

洞窟の中に足を踏み入れた。
地下水がポタポタと垂れる音がする。
足元は濡れていてすべりやすい。
洞窟は少し下りながら真っ直ぐ続いている。
懐中電灯が照らすのは数歩前の足元だけ。
光が届かない闇の中から何かが飛び出してくるのではないか。
そんな、嫌な想像が消えてくれない。
入ったら二度と出られないという警告が頭の中で何度も繰り返される。

30mほど進んだだろうか。
弟はいない。
弟がいくら無謀でも、こんな奥にまで入らないのではないか。
そんな気がしてくる。
その時だった。
パキッ!
何か固いものを踏んだ。
足元に懐中電灯を振って僕は叫びだしそうになった。

しゃれこうべ・・・。
白骨化した遺体だった。
しかも1体どころではない。
辺りには、何体、いや、何十体分もの白骨があった。

この洞窟は墓場か何かだったのだろうか・・・。

恐怖はとっくに限界を超えていた。
引き返そうとすると、
入口の方に複数の光の筋が見えた。
おそらく懐中電灯の光だ。
誰かがきたようだ。

助けを求める選択もあったのだと思う。
けど、僕は、その時、この場所にいることを知らせてはいけないという気がして、
咄嗟に懐中電灯のスイッチを消していた。

暗闇が僕を包んだ。
すぐ近くに無数の白骨があるのだと思うと、気が気でなかった。

4つの光が洞窟内に入ってきた。
何か話をしているのが聞こえた。
光はヘッドライトのようだ。
村人なら洞窟に入るわけがないので、禁足地と知らない村外の人間だろうか。

ずんずん光は近づいてくる。
天気や仕事の愚痴など世間話のような会話が聞こえてきた。
ドサッ!
いきなり近くに何か大きなものが投げ込まれた。
そしてヘッドライトの光が投げ込まれた物を浮かび上がらせた。
女の人の顔が僕の方を向いていた。
生気のない目。
口許に流れた血。
・・・死んでいる。
僕は自分の口を手で押さえて悲鳴が出ないようにした。
ヘッドライトの4人は、僕には気がつかず、また世間話をしながら洞窟を出ていった。

女性の死体と白骨に囲まれて、僕はじっと息を潜めた。
すぐに洞窟を出てはいけない。
本能がそう告げていた。
たっぷり1、2時間ほど、その場で待ってから
僕は洞窟を脱出した。

家の前に両親が待っていた。
とっくに弟は見つかっていた。
神社の縁の下で眠りこけていたらしい。
両親は泥だらけの僕を見て不思議そうだった。

「お兄ちゃんも見つかったか」
ふいに後ろから野太い声がして僕はすくみあがった。
振り返ると、村長と取り巻きの村議3人がいた。
村の重鎮達だ。
4人ともヘッドライトをつけている。
「弟の次はお兄ちゃんかって、みんな心配してたんだぞ」
「・・・すいません」
僕は頭を下げて謝った。
・・・でも、この声。間違いない。
「まぁ見つかったんだからいいじゃないですか。村長」
村議の一人の声も聞き覚えがあった。
「・・・どこに行ってたんだ?ん?」
そう僕に問いかけた村長の目が、一瞬怪しく光った気がしたのは気のせいだろうか。
「・・・山で弟を探していました」
「・・・そうか」
しばらく両親と話して村長たち4人は帰っていった。

風呂場で泥を落としながら僕なりに推理した。
禁足地の正体は、死体の隠し場所なのではないか。
警察だって人間だ。
失踪者の捜査だからといえ、入ったら出てこられないと言い伝えられている禁足地にわざわざ出向くのは嫌に決まっている。
村の重鎮達は、人々が禁足地を怖れる気持ちを利用して、長年にわたり、自分達の罪や恥をあの場所に隠してきたに違いない。
大量の白骨がそれを物語っている。
なんて狂った村なんだ・・・。

僕は中学を卒業すると、自分からすすんで寮がある高校に入学した。
それから、ほとんど村には寄りつかなかった。
両親は、突然、家族や実家を避けるようになった長男にとまどっていたが、弟が育つにつれ、それもなくなっていった。

両親にも禁足地の真実については話さなかった。
彼らが村長と結託していないとは限らない。
あの村の人間は誰一人信用できない。
それが僕の結論だった。

それでも数年に一度は無理をして顔を出すようにしていた。
弟が村長になるまでは・・・。

取り巻きを連れて村の長として振る舞う弟を見ていると、
あの日の村長の姿がだぶった。
弟は一体、何人の犠牲者を禁足地に送り込んだのか。
そんな風にしか血が繋がった弟を見ることができなかった。
もう村には帰らない、そう心に誓った矢先に、
父が脳梗塞で倒れた。
父の遺産を巡って弟と電話口で軽い口論になった。
すると、ある日、弟から謝罪の電話がかかってきた。

「今度、久しぶりに兄さんの家に遊びに行くよ」

どこか遠いところに逃げるべきか、今、真剣に悩んでいる・・・。

 

 

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