僕の彼女は背後霊 #278

 

どうやら僕は幽霊にとり憑かれているらしい。
最近、気がついた。
きっかけは色々あった。
例えば、得意先に商談に行った帰り、ファミレスで遅い昼食を食べようとしたら、
「ひとり」と告げたのに、テーブルに2人分のお冷やが出されたこと。
例えば、混雑した通勤電車で、僕が座る横だけ誰も座ろうとしないこと。
自分の体が臭いのかと真剣に悩んだものだ。
例えば自宅アパートに帰ると、違和感を覚え、家具や小物の位置が微妙に変わっていること。
例えば、肩こりがひどくなって、背中がスースーするようになったこと。

そして、決定打は、今まさに起きた。
ふと、部屋の鏡に目をやると、鏡に映った僕の左肩に女性の手が乗っていた。
直接、自分の左肩を見た時には手はなかった。
「い・・・いるんだろ!!わかってるんだぞ!」
僕は恐怖とパニックで反射的に叫んだ。
これで返事があったらあまりの怖さに僕の心臓は止まってしまったかもしれないが、幸いなことに返事はなかった。

それからも心霊現象のような奇妙な出来事は続いた。
貞子のような実体こそ見えはしないけど、部屋の中に"彼女"の存在をひしひしと感じる。
だけど、ひとつわかったことがある。
どうも僕にとり憑いている霊は、僕を害するつもりはないらしい。
体調もすこぶるいいし、メンタルに影響もなさそうだ。
警戒心と恐怖心はだんだんと薄れていった。
「今日は本当寒かったよ」
ある日のこと、ついに僕は"彼女"に向かって話しかけていた。
もちろん返事はないけど、一人ぼっちじゃない気がした。
幽霊に孤独を慰めてもらうなんてブラックジョークみたいだ。
僕はいつしか"彼女"を本当の恋人のように感じている自分がいることに気がついた。
人形やフィギュアを彼女として扱うオタク心理に近かったかもしれない。
「今日はどっちのネクタイがいいかな?」
誰もいない空間に向かってそう話す姿を第三者が見たら間違いなく心を病んでいると思われただろう。
・・・でも、なぜ”彼女”は僕にとり憑いているのだろう。
それはわからなった。

彼女にとり憑かれていると自覚してからというもの、とても物事がうまくいきはじめたような気がした。
仕事の成績も上がり人間関係も良好。
失くし物をすれば必ず見つけ出せた。
彼女が何か手助けをしてくれているのか、それは定かではないけど、
おそらくそうなのだろうと確信に近い感覚があった。
いつもそばに彼女の存在を感じた。
彼女は僕の守護霊に違いない。

翌年、僕は営業課長に昇進した。
僕の会社では出世コースの人間に与えられるポストの1つだった。
家で彼女と昇進祝いのお酒を開けた。
最近は、同僚と帰りに一杯やることもなくなっていた。
家にまっすぐ帰り、”彼女”とゆっくり過ごす時間が何よりも大切だった。
僕が所帯持ちみたいな行動ばかりするので、同僚には、
ほんとに独身なのか、いぶかしがられている。
“彼女”の正体が幽霊だと知ったら、みんなどんな反応をするだろう。
想像して”彼女”と二人で笑い合った、気になった。

課長になってしばらくすると、僕に見合い話が持ち上がった。
得意先の社長の娘さんで、何度か先方で顔を合わせたことはある。
美人で聡明そうな人だった覚えがある。
僕にとって悪くない話だった。
問題は・・・"彼女"だった。

その日、家に帰ると珍しく"彼女"が大人しかった。
いつもならイタズラで靴を靴箱から落としたり、ドアをきしませたりして、
かまってほしいというサインを出してくるのだけど、今日はそれがない。
怒っているのだろうか。
「君だって僕が幸せな方がいいだろ?」
僕は”彼女”に呼びかけた。
すると、頭の上に、本棚の本が降ってきた。
・・・やはり機嫌がよくない。
幽霊が生きた人間に嫉妬しているとでもいうのか。
理解に苦しんだ。

お見合いは散々だった。
ことごとく"彼女"の邪魔が入ったのだ。
出されたお茶はこぼす、何もない道でつまずく、あげくには、
相手の服に僕の鞄のジッパーを引っ掛け高そうな服をほつれさせた。

「いい加減にしてくれよ!」
僕は自宅に帰るなり彼女に当たった。
“彼女”も負けじと引き出しをガタガタと言わせ、怒りをアピールしてくる。
何が望みなのだ、どうしろというんだ、君と僕じゃどうせ幸せになれっこないのに・・・。
「もう、どこかに行ってくれよ!!」
僕は感情のままに叫んでいた。
その瞬間、部屋の空気が明らかに変わった。

・・・彼女が去った。
はっきりとそう感じた。
気がつくと目から涙がこぼれていた。
・・・あれ?
そうか・・・僕は”彼女”と幸せになりたかったのだ。
けど、所詮は叶わない願いだ。
彼女に触れることも、口を聞くことも、姿を見ることもできないのに、
どうやって幸せになれるというのだ。
これでいいのだ。
けど、内心、見離されたような気持ちがした。
僕の中の大切な何かが欠けてしまったような。
僕のわがままなのはわかっている。
・・・まぁ、一人ぼっちに逆戻りしただけじゃないか、たいしたことじゃないさ。
つよがりだとわかっていたけど、自分にそう言い聞かせた。

それからの僕の人生は鳴かず飛ばずだった。
縁談は流れ、社内での立場は悪くなり、人間関係にも影響した。
業務成績も下降し、最後は部下の不始末の責任を取る形で会社を辞めざるをえなくなった。
こんなにもうまくいかないのは守護霊である”彼女”を失ったからだろうか?
おそらくそうなのだろう。
けど、嘆いても仕方がない。
とにかく前に進むしかない。
僕は、新しい職場を見つけ、がむしゃらに働いた。
朝も夜も仕事に打ち込んだ。
働きすぎだと周囲に言われても自分に鞭打つように働いた。
ひょっとしたらそれは”彼女”への贖罪だったのかもしれない。
そして、あっという間に時は流れた。
振り返る余裕などなかった。
いつしか僕は"彼女"の存在を忘れていた。

そんなある日、新聞記事に目が留まった。
「株式会社○○、破産申請」
昔、縁談の話が持ち上がった取引先だった。
もしあの時、縁談が進んでいたら、今頃大変な目に遭っていたかもしれない。
"彼女"がお見合いを邪魔してくれてよかった。
いや・・・もしかしたら、はじめから"彼女"はこうなることがわかっていた僕に警告してくれていたのかもしれない。
きっとそうに違いない。
そうとは気づかず“彼女”にひどい言葉を吐いてしまった。
後悔と自責の念が一気に押し寄せた。
けど、もう謝るチャンスはない。

その夜。
僕は夢を見た。
東京駅の人混みの中、僕と同年代の女性が体調悪そうにうずくまっていた。
誰も彼女に声をかけようとはしない。
・・・東京の人は、みんな、なんて冷たいんだ。
僕はその女性に声をかけにいった。

夢からハッと覚めた。
頬になぜか涙の跡があった。
・・・思い出した。
前職で東京出張に行った時、夢とまったく同じことがあり、
その女性を病院まで送ったのだ。
その時の女性こそ"彼女"なんだ。
根拠はないけど確信があった。

週末、僕は新幹線で東京に行った。
僕が病院に送り届けた後、"彼女"の身に何があったのか確かめようと思ったのだ。
幸い病院の名前と場所は覚えていた。

でも、わかっていたことだけど、病院に行ってもなしのつぶてだった。
数年前の話だし、万が一、記憶にあったとしても、
病院が患者の個人情報を明かすわけないのだ。
・・・でも、来ることに意味があったんだ。
そう思いながら、病院を後にしようとした時だった。

・・・後ろから気配を感じた。
振り返ると病院服を着た女性が立っていた。
知らないうちに、僕の目から涙が溢れ出した6。
女性も泣いていた。
・・・"彼女"に違いない。
やっと会えた。

「・・・大丈夫ですか!?聞こえますか!?・・・心肺停止してる!ASD用意して!誰か先生を呼んで!」

・・・僕は"彼女"に手を引かれて柔らかい光が差す方へ歩いていった。
こんな満ちた気持ちになったのは生まれてはじめてのことだった。

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