【怖い話】樹海の鬼 #274

2018/02/04

 

これは知人女性のYさんから聞いた怖い話だ。

当時、Yさんは30歳。
大学卒業後、就職した広告代理店ではプロジェクトのリーダーをまかされていた。
昼夜問わず多忙な毎日に、リーダーとしての重圧。
しかも、売り上げが芳しくなく社内の空気は悪かった。
Yさんの心は自分でも気がつかないうちに、すり減っていたのだろう。
ある日、溜まっていたモノが爆発してしまい、仕事を無断で休んで、
車を走らせたという。

あてもなくさ迷ううちにYさんの心をよぎったのは、
このまま消えてしまいたいという気持ちだった。
幸い自分がいなくなったところで悲しませる家族もいない。
・・・死んで楽になりたい。
自分の声が何度も頭の中で聞こえた。

気がつくと、誘われるように富士の樹海・青木ヶ原に来ていたという。
車を止めて、遊歩道へ足は向かっていた。

遊歩道の周りは鬱蒼とした樹海。
足を踏み入れれば、方向感覚が狂い遭難するかもしれない。
それでも、Yさんは、林道を外れ樹海に入っていった。

強く死にたかったわけではない。
ただ、楽になりたかった。

しばらく歩くと、遊歩道がどの方角か
わからなくなった。
ただ、思うままに歩いた。

「おい!」
いきなり声がしてYさんは、びっくりした。
作業着を着た40代くらいの男性が立っていた。
自殺をやめさせるために見回りをしている人かなにかだろうか。
「ここは立入禁止だよ」
「・・・すいません」
「迷ったの?」
「いえ・・・その・・・」
「ついてこい」
有無を言わせない口調だった。
もしや不法侵入かなにかで逮捕されてしまうのだろうか。
Yさんは、素直に男性についていった。

20分ほど歩いたけど、遊歩道にはたどりつかない。
気がつかないうちにずいぶん遠くまで来ていたようだ。
やがて、樹海の森の中にログハウス風の小屋が現れた。
休憩所かなにかだろうか。
樹海の中に小屋があるなんて、少し意外だった。

「入れ」
作業着の人に続いてYさんは小屋に入った。
小屋の中は休憩所どころか家のようだった。
キッチンやシングルベッドまである。
「座れ」
木製のチェアを男性は指差した。
Yさんが座ってみると、椅子はバランスがとても悪く倒れそうになった。
よく見ると木製のチェアはハンドメイドのようだ。
樹海の木の枝を使って作られたのだろうか。
周りを見渡すとベッドもタンスも自作のようだ。
既製品にはない歪みがあった。

Yさんは、ハンドメイド商品が決して嫌いではなかったが、
この小屋の中のものは、どれも好きになれなかった。
出来栄えもよくないし、どこか人を不安にさせるものがあった。

「あんた、死にたいのか」
男性はYさんの向かいに座って唐突に言った。
「・・・」
Yさんは、男性の顔を見て驚いた。
男性は、口元に笑みを浮かべていたのだ。
この人は本当に見回りの人なのだろうか。
よく考えもせずついてきてしまったのを後悔し始めた。

その時だった。
「・・・・が・・い」
微かに声が聞こえた。
「今、誰かの声がしませんでしたか?」
Yさんは、不安を紛らわすために声に出した。
「いいや、何も聞こえないな」
「・・・お・・が・・い」
また聞こえた。やはり聞き間違いではない。女性の声だ。
どこから聞こえてくるのか。Yさんは耳をすませた。
「・・・お・・が・・い、・・け・・て」
声はYさんの足元から聞こえた。
Yさんは床板を見つめた。
その瞬間、床板の隙間に人の目が現れた。
「・・・おねがい、・・たすけて!」
悲痛な女性の声で、はっきりとそう聞こえた。

「うるせえぞ!黙ってろ!」
突然、男性が激昂し、床を蹴り始めた。
男性は、棚からナタを取り出すと、
テーブルを蹴り飛ばし、床板を上げると、
地下室に続く階段を降りて行った。
Yさんは、男性が地下に降りたすきに小屋から逃げた。

全速力で走った。
小屋の方から女性の叫び声がした。
Yさんは振り返らなかった。
・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい!
涙で前がよく見えなかったけど、とにかく走った。

走っているうちに辺りが暗くなった。
もう走れない。
Yさんは、その場にくずおれた。
前方に、懐中電灯の光が見えた。

「こっち!ねえ、こっち!」
Yさんは、声を上げ手を振った。
懐中電灯が近づいてくる。
Yさんは、意識がだんだんと遠のいていくのがわかった。
その時、自分が間違いを犯した可能性に気づいた。
懐中電灯の主が、さきほどの男性ではないと、どうして言えるのか。
・・・こんなところで死にたくない。
そして、Yさんは意識を失った。

気がつくと病院のベッドの上だった。
Yさんは、林道を見回っていた警察官に発見され、保護されたのだという。
体調が回復すると、樹海で何があったのか事情を聞かれた。
正直に話したけど、樹海にそんな小屋などない、と信じてもらえなかった。
「樹海では、よく幻を見る人がいるからね」
警察官は、Yさんがおかしな幻を見たのだと決めつけた。
でも、Yさんには、最後まであれが幻だったとは思えなかった。

「樹海で自殺する人が多いというけど、本当に全て自殺なのかと私は疑ってるんです。
何人もの人が本当は殺されているんじゃないか、そう思えて仕方ありません・・・樹海には鬼が住んでいるんです」
Yさんは、私にそう話してくれた。

Yさんは、それ以来、二度と樹海には近づかないようにしているという。

-心霊スポット, 怖い話