使われていない物置小屋 #254

 

僕の実家は自然豊かな山の中にある。
隣の家との間隔は広くて、どの家も当たり前のように畑や田んぼを持っている。
よくいえば田舎、わるくいえば過疎の村だ。

僕の実家の敷地内には、使われていない物置小屋があった。
木造の掘っ立て小屋で、明治時代くらいまでは離れの住居として使ったりもしていたらしい。
扉には大きな南京錠がかけられていて開かないようになっていた。
父も物置小屋の中は一度も見たことがないらしく、祖父から農具や不要品が入っていると聞いたことがある程度で、物置小屋の鍵の場所すら知らなかった。
誰も中を見たことがない物置小屋。
当時、子供だった僕は、秘密の宝箱を見つけたみたいにワクワクして、どうにかして中を見てみたいと思った。

針金を駆使して南京錠を開けようと試みたけど、どうにも開かない。
なら、隙間はないかと、板の壁に顔を寄せるようにして外周をぐるりと回った。
すると、小石くらいの大きさの穴が板に開いている場所を見つけた。

さっそく家から懐中電灯を取ってきて、穴を照らした。
ほんとうに小さな穴なので、ほとんど中の様子はうかがえなかった。
かろうじて向かいの壁にかけられた藁の紐のようなものが見えただけだった。

その時だった。
わずかな視界の隅を、何かが横切った気がした。
びっくりして思わずのけぞった。
ねずみか何かが穴の近くを横切ったのだろうか。
心臓がバクバクと鳴った。
もう一度、穴を覗いてみたけど、横切ったモノの正体は確認できなかった。
驚き疲れた僕は、その日は引き上げることにした。

チャリンッ。
真夜中、不思議な音ともに目が覚めた。
目覚まし時計に手を伸ばすと、固く冷たいものが手に触れた。
それは、金属製の鍵だった。
この鍵、まさか・・・?
僕の頭に浮かんでいたのはもちろんあの物置小屋だ。
でも、どうして、僕の枕元に・・・?
気味が悪いと同時に、あの物置小屋の中を確認しなければという不思議な義務感も感じた。今思えば、なにかに招かれていたのかもしれない。

翌日。
鍵を手に物置小屋に向かった。
真夜中に行くほど、さすがに僕も無謀ではなかった。
物置小屋の中を影が横切ったり、行方がわからなくなっていた鍵が突然あらわれたり、おかしなことが起きている。
用心しなければと思っていた。

物置小屋の南京錠に鍵をさしいれる。
カチリと鈍い音がして、錠が外れた。
木戸を開ける。
キィィと鈍い音がした。
小屋の中から埃っぽい空気が流れ出てきた。
小屋に差し込んだ光の中を埃が渦をまいて漂っている。
いりぐちから懐中電灯で中を照らすと農具やなんだかわからないガラクタが雑然としまわれているのが見えた。
足を踏み入れると、一歩進むたびに床板がギシリギシリと鳴った。
懐中電灯の光の外から、なにかが飛び出てくるのではないか、
そんな想像が頭をよぎる。

恐怖心と闘いながら、一通り調べてみたけれど、
特に変わったものは見当たらなかった。
宝島を捜索するような興奮は一瞬で冷めてしまった。
もう出よう、そう思った時、突然、息苦しさに襲われた。
ここに閉じ込められる・・・。
それは予感めいた感覚だった。
この暗闇に閉じ込められる。
そして二度と出られない。
嫌だ、逃げないと。
僕は小屋を飛び出した。

・・・今のはいったいなんだったのか。
小屋から出ると魔法が解けたように気持ちは落ち着いた。
まるで、自分ではない誰かの気持ちを受信してしまったような感覚だった。
もしかしたら、昔、この小屋でだれか閉じ込められていたのではないか。
そんな想像が膨らんだ。
正体がわからない薄気味の悪さを感じた。
僕は南京錠にしっかり鍵をかけると、二度と小屋には入らないと心に誓った。

その夜。
ギッ。
昨日とは違う音で目が覚めた。
ギッ、ギッ。
誰かが廊下を歩いている。
こんな夜中に誰だろう。
父か母がトイレにでも立ったのだろうか。
ギッギッギッ。
足音は僕の部屋の前で止まった。
ガチャ。
ドアノブが回る音。
そして少しだけドアが開けられた。
誰かが部屋の中を覗いている。
僕はベッドでドアに背中を向けて眠っていた。
・・・振り返れなかった。
誰かが部屋に入ってきた気配があった。
父や母に決まっている。
頭ではそう思うのに、心臓はバクバクと脈打ち、
恐怖から冷たい汗が身体中に噴き出した。
僕の頭の中は、ある想像でいっぱいだった。
僕が物置小屋の鍵を開けてしまったから、小屋に閉じ込められていた何者かが
外に出てしまったのではないか、という想像だ。
もちろん、その何者かは生きた人間のわけがない。

何者かは、僕の部屋を調べているようだった。
・・・何かを探している?
気配がゆっくりとベッドの方にやってくるのを感じた。
僕は怖くて目をつぶった。
布団をまさぐっている。
その感触が次第に上にあがってきたと思ったら、
顔のすぐ近くで息遣いを感じた。
興奮したようなフーフーという荒い息遣いだった。
怖い!怖い!
でも目を開けられない。
僕の身体は金縛りにあったようにこわばっていた。

次の瞬間、金縛りが解けたと同時に気配が消えていた。
僕は起き上がり、部屋の電気をつけた。
・・・部屋にはだれもいなかった。

翌朝。
あるモノがなくなっているのに気がついた。
物置小屋の鍵だ。
昨夜、僕の部屋を訪れた何者かは物置小屋の鍵を探していたに違いないと思った。
おそらく、二度と閉じ込められないように鍵を奪ったのではないだろうか。
そんな気がした。
でも、そうだとしたら、僕の部屋に鍵を置いたのは誰なのだろう。
もしかしたら、小屋に閉じ込められていた何者かを外に出してあげるために、
僕に鍵を託したのかもしれない。
全ては僕の想像だ。
答えはいまでもわかっていない。

 

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