【閲覧注意】注意書きが多いビル #247

2018/01/20

 

以前、私は渋谷の雑居ビルの5階に入っている居酒屋でアルバイトをしていた。
詳しい場所は伏せておくけと、そのビルにはおかしなところがあった。
やたらと注意書きの貼り紙が多いのだ。
まず目につくのはビルの入口。
『このあたりにゴミを捨てないでください』 これはまだいい。他のビルにもありそうだ。
だけど、一歩ビルの中に足を踏み入れると様子がおかしいことに気がつく。
エレベーターホールまでの短い廊下の壁にびっしりと貼られた何枚もの注意書き。
『喫煙禁止』
『静かにしましょう』
『このあたりで立ち止まって、たむろしないでください』
『ツバを地面に吐くのはやめましょう』
などなど。内容はとてもまっとうなことを言ってるのに、あまりに数が多すぎて、異様な感じだった。
とても全部は紹介しきれない。
エレベーターに乗り込むと、また注意書き。
『エレベーターで暴れないでください』
『火気厳禁』
『自分が降りない階のボタンを押さないでください』
そんな有り様だ。
あまりに多いので、店長に理由を聞いてみると、ビルのオーナーが少し変人で、その人がやっているのだという。
少しどころではない、だいぶおかしいと思う。
だいたい、店長はよくお店の売り上げがよくないと嘆いているけど、
あの気味が悪い貼り紙のせいでお客さんが寄り付かないのではないか。
「貼り紙全部はがしちゃいません?」
私は、そう店長に提案してみた。
すると、店長はやれやれという感じでため息をついて言った。
「やめとけよ、無駄だから」

その日の帰り。
私は、度胸のない店長にムカムカしていた。
自分の店なんだから、もっとしっかりして欲しい。
エレベーターを降りると、左右に貼られた注意書きに出迎えられた。
気味が悪いったらない。
そう。まるで、お経が書かれたお札が貼ってあるみたいなのだ。
こんな貼り紙なければいいのに。
私は、ふと、上を見上げた。
そういえば、このビルは古いからか、監視カメラがない。
・・・人目はどこにもない。
私は貼り紙を一気に剥がして、近所のコンビニのゴミ箱に捨てた。

ところが、翌日、出勤して目を疑った。
貼り紙が全て元通りになっていたのだ。
そして、エレベーターの呼び出しボタン横に新しい注意書きが増えていた。
『勝手に貼り紙を剥がすのはやめましょう』
・・・なんなの一体。
どれだけビルのオーナーが注意書きに執着しているのかわからないが、
常軌を逸している。

「なんなんですか、ここのビルのオーナー!」
私はむしゃくしゃして店長にぶちまけた。
「だから、言ったろ。無駄だって」
店長は仕込みをしながら、顔色一つ変えずに言った。
「なんで、そんな他人事みたいなんですか?あんな気味悪い注意書きがなかったらお客さんだって!」
「むだむだ。がんばっても意味ないから」
私は店長の言葉にあきれて憤然とロッカーに向かった。

「なんなの、ほんと!」
私は独り言をいいながら、自分のロッカーの鍵を開け、目を疑った。
ロッカーの中に注意書きの貼り紙があったのだ。
『口を慎みましょう』
注意書きにはそう書かれていた。
どうして鍵つきのロッカーの中に?
わけがわからなすぎて、力が抜けてその場に座り込んだ。
「だから無駄だって言ったろ」
店長だった。
「なんなんですか、これ!?」
「変に思ったことないか?長いこと働いているのに、今まで誰かが注意書きを貼っているのを見かけたこと、一度でもあるか?」
そういえば、一度もない。
「俺は10年近くこのビルに通っているのに、一度も見たことがない」
「誰が貼ってるんですか?」
「さぁな・・・、昔に一回だけビルの下で一日中張りついて注意書きの主の顔をおがんでやろうと思ったことがあった。けど、いつの間にか注意書きは増えていた。誰もビルに入ってないのにな。ここはそういうビルなんだ。大事なのは、気にしないこと、慣れだ」
「・・・」
私はその場でアルバイトを辞めると宣言した。
お化け屋敷みたいなビルで1日だって働きたいわけがない。
店長は今までに何人も私みたいになる人を見てきたからと、引き止めはしなかった。

今でも店長はそのビルで働いているらしい。
この間、数年ぶりにビルの前を通ると、表に注意書きが増えていた。
いや、それは厳密には注意ではなかった。
『長期テナント募集』
他のビルだったら単なるテナント募集だとスルーしただろうけど、このビルに限っては何か邪悪な意味が込められているような気がしてならない。
昔、店長が何気なく言った言葉をふいに思い出す。
「このビル、古くて駅までそれほど近くないのに、なかなか空きがでなくて人気なんだよな・・・」
私は、それ以上、ビルに近寄らないようにして、足早にその場を去った。

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