先日、私は、伊勢に一人で旅行に行ってきた。
昔から一人でゆっくり旅行するのが夢だったのだ。
旅行から帰ると、男友達のAくんから、旅行はどうだったかと、LINEがきた。
ちょうどお土産を渡そうと思っていたので、駅近くのカフェで待ち合わせした。
Aくんとは長い付き合いだ。
中学から一緒で今は同じ大学に通っている。
お互い異性として意識しない、貴重な友達だった。
「で、これが、伊勢神宮」
カフェで私はAくんに旅行で撮りだめた写真を見せた。
伊勢神宮、土産物屋が並ぶおはらい町、どこも楽しかった。
その時だった。
私のスマホをフリックして写真を見ていたAくんが固まった。
険しい顔をしている。
「・・・どうかした?」
Aくんは勢いよく写真を遡り始めた。
「どうしたの??」
「・・・やっぱり」
「だから、なに?」
Aくんは写真に映っている男の人を指差した。
「この人。ずっと写真に映っていないか?」
「えぇ?」
私はAくんにスマホを返してもらい、写真を改めて確認していった。
Aくんの言う通りだった。
人込みに紛れていたり、柱の陰に立っていたりして、 同じ男の人が全体の7割くらいの写真に映り込んでいた。
眼鏡をかけた、どこにでもいるような感じの男の人だった。
腕に鳥肌がブワッと立った。
「なに、この人・・・」
「旅行中つきまとわれてたのかもな・・・なにもなくてよかったな」
Aくんはそう慰めてくれた。
旅行の思い出の写真が台無しになった悔しさと、不気味な男への恐怖とで、吐き気がしてきた。
その時だった。
誰かから見られている、そんな感覚に急に教われた。
カフェの奥の席から、こちらを見ている男の人がいた。
眼鏡をかけた、どこにでもいそうな顔。
思わず悲鳴を上げそうになり、慌てて口を塞いだ。
Aくんは私の様子の変化に、ちらりと後ろを振り返り、悟ってくれた。
「とにかく、お店を出よう」
私達はカフェから出て、通りがかったタクシーに乗り込んだ。
「どうしよう?警察に電話した方がいいかな」
「どうだろう、はっきりした証拠がないから警察は動いてくれない気がするけど・・・偶然だって言い逃れされそうじゃない?」
「そんな。どうすればいいの。家だってバレてるかも」
「・・・しばらくウチ来る?安全だってわかるまで。部屋は余ってるし」
「いいの?」
「別に構わないよ」
私は、しばらくAくんの部屋にお世話になることにした。
ただ仮住まいとはいえ同棲だ。
いいムードになり、なしくずし的にAくんと男女の関係になり、私達は付き合うことになった。
今まで異性として見ることはなかったけど、今回の件でAくんへの見方が変わったのは事実だ。
Aくんが写真に映る男に気づいてくれなかったら、私は今頃ストーカー男に襲われて、この世にいなかったかもしれない。
Aくんは命の恩人だ。
とても頼もしく感じた。
Aくんの部屋で暮らしてからというもの、ストーカー男は私の前に現れていない。
Aくんと暮らして1ヵ月くらい経ったある日。
Aくんはバイトに出てしまい私は一人だった。
テレビのワイドショーをなにげなく見ていたら、「新型ストーカー」というテロップに目が留まった。
音量を上げる。
専門家っぽい人がしかつめらしく語っていた。
「・・・最近、旧来のようにわかりやすくつきまとったりしない新型ストーカーともいうべき人間が表れています。たいていは知能が高く社会性もある人です。彼らは狡猾で、執着対象が不快にならない距離感で自分の欲望を満たすために辛抱強くチャンスを待ちます。そして、より緻密に、より計画的に、執着対象の心を自分に向かわせます。
ですが、内面に残忍な心を隠していることには変わりません。自分の思い通りにならなかったり、自分の正体が暴かれると、途端に本性をあらわします」
なぜか、私はとても胸騒ぎを覚えた。
専門家の言葉は続いた。
「例えば、こんなケースがありました。車に轢かれそうになった女性が偶然、助けに入った男性と恋に落ちました。それが真実だったらとても美しい話です。ですが、事故は男性によって仕組まれた演出だったのです。男性は数年来、女性に想いを寄せていました。男性は、出会わせ屋と呼ばれる業者を雇い、お金を使って事故から女性を救うヒーローを演じました。女性はまんまと男性の思いどおりになってしまいました。ですが、数年後、事故以前から女性に執着していた証拠を偶然見つけてしまい、問い詰めると、女性は激昂した男性に殺害されてしまいました。このタイプの怖いところは、女性がストーカーの正体になかなか気がつかないということです」
リモコンを持つ手が震えた。
そんな、まさか、彼に限って。
私は棚の引き出しから彼の通帳を取り出した。
約1ヶ月前に、30万円もの大金を引き出していた。
ちょうど一緒に暮らし始めた頃だ。
「ただいま~」
彼が帰ってきた。
私は慌てて通帳を戻した。
「ただいま。どうしたの、そんなところに立って」
「ん、なんでもない」
「今日はなにやってたの?」
「起きてテレビ見てた」
「なんの?」
「・・・昼ドラ」
全部正直に話して、笑い飛ばしてもらいたい。けど、なぜだろう。
私は彼に正直に話してはいけない気がした。