【怖い話】【心霊】第180話「憑依」
2017/10/06
それは、ある朝突然始まった。
サヤカと付き合って半年。
彼女が豹変した。
その日、僕が起きると、サヤカはすでに起きていた。
キッチンにうずくまり何かやっている。
ボリボリ ボリボリ
奇妙な音がした。
「なにやってるの?」
振り返ったサヤカを見て僕は仰天した。
口の回りに血がいっぱいついている。
サヤカは床のフローリング材をむしりとって食べていた。ギザギザの板材のせいで口を切っていたのだ。
「なにやってるんだよ!」
僕は慌てて止めに入った。
けど、サヤカは僕が近づくと目を血走らせ歯を剥き出しにして威嚇してきた。
おっとりしていて、今まで喧嘩すらしたことさえなかったのに、まるで別人だ。
血に飢えた狂犬のようだった。
救急車を呼んで病院に連れていったけど、CTを撮っても異常は見つからなかった。
そればかりか暴れて救急隊員の顔に爪を立て、あやうく刑事事件になるところだった。
病院の先生の話では、心因的な病気だろうとの話だった。
家族のサポートが必要です。先生のその言葉が重くのしかかった。
サヤカには身寄りがない。頼れる人間は僕しかいない。何が何でもサヤカを守ろう、そう思った。
鎮静剤で一時的に落ち着いたものの、家に戻り薬が消えるとサヤカはまた獣のように暴れだした。会話など論外。変なものを食べたり、自傷しないよう拘束せざるをえなくなってしまった。
僕はすがるように友人のEに連絡を取った。話しだけでも聞いてもらって吐き出さないことには、僕の精神がもちそうになかった。
すると、Eは意外なことを言った。
「サヤカちゃん、とり憑かれているんじゃないか」
「とり憑かれているって、幽霊的なものに?まさか」
「だったら、急に人が変わった説明がつけられるか?」
「・・・・」
「知り合いに霊能者がいるんだ。だまされたと思って一度、相談してみたらどうだ。法外なお金取られたりしないから」
「・・・・」
数日後。
僕は、山奥にある普岳神社の鳥居の前にいた。ここにお祓いをしてくれる先生がいるらしい。
お弟子さんに連れられて本殿へ。
スーツを着て正座する霊能力者・信弦先生は、知らなければ普通の会社員のようだった。
電話でだいたいの事情は伝えておいた。
さっそく先生はサヤカを視た。
深い息をついて先生は口を開いた。
「なるほど・・・お祓いはできます。ただし、問題はあなただ」
「僕ですか?」
「どんな結果になろうと受け止めなければいけないよ」
「どういう意味ですか?サヤカの身が危険なんですか?」
「すぐにお祓いをしなければ彼女の命は危ない」
「なら、お願いします。サヤカが助かるなら、かまいません」
「・・・わかった。やりましょう」
先生は、深い呼吸を繰り返し、半目でお経を唱えながら、指で何かを切る動作を繰り返した。すぐに玉のような汗が先生の額に浮かぶ。張りつめた空気が本堂の中に流れた。
やがて、サヤカの身体がビクンとはねあがり、苦しみ出した。いや、正確にはサヤカの中にいる何かが。
思わず助けに入りそうになる。
「手出し無用!」
弟子の人に止められる。
先生のお経のスピードが上がり、お祓いはクライマックスに入ったようだった。
サヤカは奇声を上げ、身もだえている。
「喝!」
先生が叫ぶと、サヤカは絶叫を上げて倒れ込んだ。
「サヤカ!」
僕は駆け寄った。気をうしなっているけど、サヤカの顔は血がかよった色をしていた。
「お祓いはすみました。彼女の中にいた不浄なものは消えました・・・」
「ありがとうございます!」
「・・・いえ」
先生は何となく歯切れが悪いように見えた。
お祓いで体力を消耗したからなのだろうか。
「う~ん」
サヤカが目を覚ました。
「サヤカ、僕だよ」
そう呼びかけた。
サヤカが目を見開いて僕を見た。
「・・・・あなた、誰?」
サヤカが何を言っているのか理解できなかった。
お祓いのせいで一時的な健忘状態になってしまったのだろうか。
「彼女には少し休んでいてもらおう」
先生がそう言うと、お弟子さんが僕からサヤカを奪うように別室へ連れていって
しまった。
先生は僕の肩に手を置いて、優しく言った。
「現実をちゃんと受け止めるんだよ」
そう言って、先生は免許証を僕に見せた。
サヤカのものだ。
けど、免許証に記載された名前はまったくの別人だった。
「どういうことですか?」
「彼女は類稀な霊媒体質なんだ。最近とり憑いた邪悪な霊が彼女の命を脅かしていた。彼女の命を助けるには、彼女の身体にとり憑いていた全ての霊を取り払う必要があったんだ・・・残念ながら、君の知るサヤカという女性も彼女にとり憑いていた霊の一つだ」
僕はただただ言葉を失うしかなかった。