【怖い話】【心霊】第139話「公衆電話の怖い話」

大学が夏休みに入ったので、東北の実家に車で帰省することにした。
ところが、家まであと30分くらいのところで車が故障して動けなくなってしまった。友人から格安で譲ってもらった中古車だから仕方ない。僕は車に詳しくないので、なすすべもなかった。
裏道みたいな峠道で、道路が空いている夜を選んだばっかりに通りかかる車もない。
しかたなく、実家に助けを求めようとスマホを見ると充電切れ。悪いことは重なるものだ。
僕は仕方なく峠道を歩いて公衆電話を探すことにした。最悪、このまま数時間歩けば実家にたどりつく。
十分くらい山道を登っただけで、喉は渇き、汗でシャツはべったりと身体に張りついて気持ち悪くなった。息が上がる。日頃の運動不足を呪うしかなかった。
そんな時、少し先にぼんやりと明かりが見えた。公衆電話だった。
こんな峠道に公衆電話なんて置いて誰が使うのだろう。一瞬、疑問が頭をよぎったが、それよりも連絡手段を発見した喜びの方が大きかった。
僕は公衆電話に走って駆け込んだ。幸い財布のなかには小銭がたくさん入っていた。実家の番号をダイヤルした。

プルルルルル・・・。
ガチャ。

「もしもし、俺」
返事はなかった。ザーという機械音だけが聞こえた。
「もしもし。俺。向かってる途中で車がエンストしちゃって・・・聞こえてる?」
相変わらずザーという機械音だけ。
公衆電話まで壊れているのか?
うんざりして受話器を置こうとしたら、ザーという音の隙間から声が聞こえた。
「いま・・・い・・・く」
そして、唐突に電話は向こうから切られた。
今行く。話が通じたのか。女性の声だから母か姉だろうか。
けど、ふと、考える。僕は今自分がどこにいるか話してない。なのに、今行くというのはおかしくないか。
ザワザワと雑木林が風に揺られて音を立てた。真っ暗な峠道。唐突に現れた公衆電話。
急に、自分がどれほど怪しげな場所にいたのか気づいて、寒気がした。
ふいに雑木林の闇の中から誰かに視られているような感覚がした。
どこかに逃げないと。僕の本能がそう告げていた。
僕は慌てて車に向かって峠道を駆け降りた。
いまいく・・・いまいく・・・いまいく・・・。
さっき聞いた女性の声が耳の奥で繰り返し聞こえた。
僕は、恐ろしいモノを呼んでしまったのではないか。
車が見えてきた。乗り込み、すぐに内側からロックをかけた。
心臓がドクドクと脈打っていた。
フロントガラスの向こうの闇の中から、何かが現れるのではないか。
僕は、そうすれば危険をやりすごせるかのように、目をつぶって何も見ないことにした。
・・・どれくらい時間が立っただろうか。

コンコン・・・。

運転席のガラスを叩く音。見たらダメだ、見たらダメだ。そう思う心とは裏腹に僕は薄目を空けて様子をうかがっていた。
・・・光の洪水とはこういうことをいうのだろうか。いつの間にか辺りは朝になっていた。ついさっきまで真夜中だったはずなのに。
窓ガラスを叩いていたのは黒く日焼けしたおっちゃんだった。おっちゃんの物らしき軽トラックが横に駐まっていた。
おっちゃんが何か言っている。
窓を開けた。
「兄ちゃん大丈夫か。すっげえ苦しそうに眠ってたから、何かあったのかと思ってさ」
・・・僕は眠っていたのか。そんな感覚はなかったけど。
「すいません・・・実は車がエンストしてしまって、携帯電話をお借りできませんか」
おっちゃんは、すごくいい人で、電話を貸してくれただけでなく、朝御飯までくれて、さらに知り合いの車屋さんを紹介してくれた。
昼頃には修理してもらった車で無事に実家にたどりつくことができた。
一息ついて、あらためて昨夜のことを振り返った。公衆電話の声は僕の怖がりが作り出した聞き間違いで、その後は車で眠ってしまった。そう考えるのが一番自然な気がした。
もう考えるのはやめよう。
僕は充電を終えたスマホの電源を入れた。
着信履歴を見て目を疑った。
506件もの着信がきていた。
・・・全て公衆電話からだった。

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