第136話「ロープウェイの怖い話」

2017/10/31

 

私は昔、Y県のH山のロープウェイでアルバイトをしていました。
これは、その時に体験した怖い話です。

私の担当はチケットをもぎってお客さんをロープウェイまで案内する係でした。
ロープウェイのドアをロックしたら、運転盤の前にいる社員さんに合図を送るだけの簡単な仕事です。
シーズン中ともなれば列ができるほど盛況ですが、オフにはほとんどお客さんがおらず、お客さん1人だけでロープウェイを動かすこともしばしばありました。

シーズンオフのある日のことです。
始発の便の時間に合わせてロープウェイ乗り場に向かうと、すでにお客さんが1人待っていました。
黄色いパーカーを着た50代くらいの男性でした。
「おはようございます」
そう声をかけたのですが、返事はありませんでした。
聞こえなかったのかなと思い会釈したのですが反応はありませんでした。
じっと俯いているだけで、観光地なのにちっとも楽しそうな気配がなくて、なんだか変な人だなと思いました。
「チケット拝見いたします」
そう言うと、男性は俯いたまま黙ってチケットを渡してきました。
ちゃんとしたチケットなのかな・・・?
一瞬そんな考えがよぎり、いつもよりじっくりチケットを見てからもぎって半券を返そうと頭を上げると、男性はすでにロープウェイに乗り込んでいました。
じっと窓辺に立つ猫背気味の後ろ姿を見ていると、なんだかぞわぞわするというか落ち着かない気持ちになりました。
他に乗客はいないので、私は手早くドアをロックして運転担当の社員さんに合図しました。
ブーンという重低音を上げロープウェイがあがって行きました。
「なんか変な人だったね」社員さんがやってきて私に言いました。
「やっぱりそう思いました?」社員さんも同じ感覚がしたんだと思うと少し嬉しく思いました。
しかし、その数分後。思わぬ連絡がトランシーバーで入りました。
「なんで誰も乗ってないのにロープウェイ上げたんだ?」山頂にいる社員さんからでした。
「え?1人乗せましたけど・・・」
「誰も乗ってないぞ」
私達は青ざめました。まっさきに頭に浮かんだのは転落でした。
「ロックちゃんとしたよね?」
「はい」
自信を持って答えたものの、だんだんと怖くなってきました。
まさか、まさか・・・。もしも私のミスだったらどうしよう。
「XXちゃん。二号機を動かすから、見てきてくれない」
ロープウェイは二機あります。繁忙期にしか使用しないのですが、メンテナンス運転は毎日しているので緊急時にはいつでも動かせます。私は気持ちの動揺を何とか押さえながら、ロープウェイに乗り込みました。
ブザーが鳴り足下が揺れ、ゆっくりと山頂に向けてロープウェイが上がり始めました。
私は窓に張りついて、はるか下の山林に黄色いパーカーが見えないか目を凝らしました。
見つけたくない、けど万が一なのであれば早く見つけなければ、そんな矛盾した気持ちが心を錯綜しました・・・。
その時でした。窓ガラスに反射してロープウェイの中が映りました。
私は息をのみました。
・・・真後ろに立っていたのです。黄色いパーカーの男性が。
怖くて振り向くこともできず、私は固まってしまいました。
山頂までのたった数分が何時間にも感じられました。
いるはずのない人と密室の中に閉じ込められるのは言いようのない恐怖です。
出迎えた山頂の社員さんは、着いたとたんに泣きじゃくって座り込んだ私を不思議そうに見ていました。
その時には、すでに黄色いパーカーの男性は姿を消していました。
H山のロープウェイでは、私の体験は今でも語り継がれているそうです。
ロープウェイ乗り場で黄色いパーカーの男性を見かけたらお気をつけください。

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