第135話「こいのぼりの怖い話」
昔、私が住んでいた村では端午の節句に大きなお祭りがあった。川の両岸にワイヤーを渡して、たくさんのこいのぼりが泳ぐ姿はとても優雅だった。しかし、ある事件を境にお祭りは中止となり、それから一度も開催されていない。
事件が起きたのは私が10歳の時だった。
祭りに使うこいのぼりは村外れの小屋にしまわれていたのだけど、桐の箱に入れられて使われていないこいのぼりが一つだけあった。小屋の奥の目立たない場所に置かれていて、その桐の箱にだけは鍵がかけられていた。
江戸時代に作られた由緒あるこいのぼりらしく、痛まないように箱にしまわれているという噂だった。噂というのは、誰も箱の中身を見たことがなかったからだ。
当時の村長は観光に力を入れていて、こいのぼり祭りを今以上に盛り上げようとしていた。そこで、しまわれといたこいのぼりを目玉にしようと考えた。江戸時代から伝わる伝統あるこいのぼりを押し出して広告を打とうとした。
しかし、村の年寄り達は反対した。理由を聞いても彼ら自身よくわからないという。
ただ、あのこいのぼりは使ってはいけないと、上の世代の人達から聞いているからだった。
村長は、年寄りの反対を押し切って、しまわれていたこいのぼりを使うことを決めた。
村の若者衆を引き連れて箱を開けに小屋に向かった。
私も同行させてもらった。村長は私の父だったからだ。
夜。私は小屋の前で、父と若者衆が中からこいのぼりを出してくるのを待っていた。
小屋の中からガサガサと人の動く音と何か話している声がした。
ガキン!と固い金属音。こいのぼりをしまっている箱の鍵は、もはや誰が管理しているのかわからなくなっていたので、壊して新しいのに変えようと父が言っていたのを思い出した。
・・・その時だった。
ギャアアアア!!
誰かの叫び声が聞こえた。
何かあったのか。私は心配になって考えるよりも早く中に駆け込んだ。
そこで見た光景は今も脳裏に焼きついている。
苦しそうにしている父。父の身体に大蛇のように巻きついているこいのぼり。
こいのぼりは自分の意志で動いていた。
若者衆はその場に凍りついていた。
こいのぼりが巻きつく力を強めていく。
バキバキ・・・。
父の身体の骨が折れる音がした。
首を絞められ父の顔はみるみる青くなっていき、口から血を吐き出しぐったりとなった。
こいのぼりは父の身体を解放すると、竜が空を飛ぶように小屋の中をグルッと回り、空高く飛び上がっていった。
その年以来、こいのぼり祭りが開かれることはなかった。
逃げていったこいのぼりは未だに発見されていない。
こいのぼりを飾る風習がある地域の人はどうか気をつけて欲しい。
見かけたことがない古いこいのぼりがあったら、それは私の村のこいのぼりかもしれない・・・。