【怖い話】純粋悪 #121

2018/02/12

 

なぜか同じマンションで不審な死が続く・・・。
「あそこには何かある」
にわかに噂が立ち、やがて心霊スポットが生まれる。
埼玉県にあるHマンションも、そうだった。高速道路近くにできた新しい分譲マンション。できて一年と経っていないにも関わらず何人もの人間が亡くなっていた。それも病死ではなく、転落死や自殺など不審な死に方ばかり。
私、山城蓮は、怪談ライターのはしくれとして、調べないわけにはいかなかった。
と言っても何か当てがあるわけではない。遺族が答えてくれるわけはないし、マンションに住んでいる人達は一様に口が固い。
それでも、粘り強く取材を続け、近所に住む人達から色々と貴重な話が聞けた。
警察は一連の不審死に関連性があるとは思っておらず、他殺を疑う根拠は一切なかったそうだ。だけど、私は、集めた証言の中から、亡くなった人達に共通点があることを発見した。

例えば、マンション屋上から投身自殺した60代男性を最後に目撃した主婦の話。
「・・・自殺するそぶりなんてこれっぽっちもありませんでしたよ。いつもニコニコして優しい方で。最後に見たのはマンションの玄関でしたけど。その時も、赤ん坊を連れた住人の女性と、それは楽しそうに立ち話されていて」

もう1つ。今度は、非常階段で足を踏み外し頭を打って亡くなった40代女性に関する証言だ。
「・・・少し神経質な方のようでしたね。赤ん坊の泣き声がうるさいと言って、同じマンションの方と公園で揉めているところを見たことがあります」

・・・おわかりだろうか?赤ん坊を連れた女性。同じ女性が、どの証言にも登場するのだ。同じマンションに住んでいるのだからそういうこともあるだろうと思われるかもしれないが。しかし、Hマンションは、100戸以上ある。全ての死に同じ人物が関わる可能性はどれくらい低いだろうか。
私は、その女性に会って話を聞いてみたいと思い、マンション前で張り込んだ。3日目にようやくベビーカーを押した彼女を見つけることができた。
彼女は何ら警戒心を抱いた様子もなく、マンションでの不審死についてお尋ねしたいと聞くと、亡くなった人たちにお悔やみを述べた。詳しい話は知らないからと証言はもらえなかったが、彼女の態度に何かを隠している様子は感じられなかった。
・・・やはり単なる偶然なのだろうか。そう思った時だった。

キャハ

ベビーカーの中から赤ん坊の笑い声が聞こえた。赤ん坊が私に向かってニッコリと笑いかけていた。その瞬間、私は身体に電流が走ったような感覚に襲われた。
・・・死ね。
頭の中で声がした。
死ね死ね死ね死ね。
繰り返し繰り返し声は聞こえた。
どんどんボリュームは強くなる。
まるで、金づちで頭を叩かれているようだ。
吐き気がしてきた。
「すいません」
私は踵を返した。
「大丈夫ですか?」
後ろから彼女の声がした気がした。
そして、キャハハという赤ん坊の愉快そうな笑い声。
・・・赤ん坊。一連の怪死は、あの赤ん坊が原因に違いない。私は確信した。生まれながらの特殊能力なのか、悪魔の子なのか。どんな力なのかはわからないが、人間の死の概念すら理解していない赤ん坊が何人もの人間を死に追いやっていたのだ。
純粋悪。そんな言葉が浮かんだ。あの赤ん坊にとって、人を殺す行為はおもちゃで遊ぶのと何ら変わりないのではないか。

私はよろよろと道を歩いた。方向感覚も平行感覚もない。視界はぐるぐると回っている。自分の意志で歩いているのかさえ、わからない。
その間も、頭の中で、呪文のように、「死ね」という言葉が繰り返し聞こえてくる。思考を乗っ取られたようだった。
亡くなったマンション住人たちも、今の私のような状態になり、追いつめられた結果、死に至ったのだろう。
なんとか、この事実を記録として残さねば。私はスマホを取り出しメモを開いた。
瞬間、すぐ真横で車のクラクションが響いた。
気づかないうちに私は道路の真ん中に飛び出していた。
はねあげられた私は宙を舞った。
スローモーションのように世界がゆっくりになった。
離れたところにベビーカーが見えた。赤ん坊の姿は見えなかったが、耳元で赤ん坊の笑い声だけが聞こえた。

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