第120話「めがね橋」

軽井沢近くの碓氷峠という場所に、めがね橋と呼ばれる橋がかかっている。
昔は鉄道として利用されていたそうだ。
ある時、僕は、恋人とのドライブデート中にたまたまめがね橋を見つけ、立ち寄ることにした。

少し離れた駐車場に車を停め、橋のたもとまで歩いた。レンガ造りの橋脚はなかなか趣があった。橋脚の近くの山道に階段が設置されていて、橋の上に出られる。
上にあがると碓氷峠を見渡せて、なかなか眺めがいい。峠をバックにデジカメで二人で記念写真を撮った。
ふと、目を転じると橋の先にトンネルが見えた。案内板を読んだ感じ、かつての鉄道部分が遊歩道になっていて、トンネルを越えてずいぶん先まで歩いていけるようだ。
彼女はあまり乗り気ではなかったが、トンネルに行ってみることにした。
トンネルの中は暗く、急に空気がひんやりとしてきた。音も中まで届かず、耳がいたいほどの静寂の中、自分達の足音だけが響いていた。
100メートルほど進んだだろうか。コツンコツンともう一つの足音が聞こえ始めた。トンネルの向こうから誰かが歩いて来ているようだ。音はじょじょに近づいて大きくなる。
ふと違和感を覚えた・・・。妙に歩くのが遅くないか。自分達の足音と比べ、向こうから歩いてくる人物はコツン・・・、コツン・・・と妙に間が空く。それでいて、ばらつきがなく規則的な間隔だった。
まるで、じわりじわりと近づいてくるような感じがして、背筋が寒くなってきた。
彼女が僕の服をギュッとつかんでいった。
「もう帰ろう?」
僕は同意して、二人で引き返した。
すると、向こうから歩いてくる人物の足音が急に速くなった。
コツコツコツコツコツコツコツコツ。
まるで、僕達二人を追いかけてくるみたいだった。
僕達は早足になり、最後の方は走っていた。
トンネルを抜けて息をついた。
「なんだったの、今の」
「わからない」
僕達はしばらくトンネルの外で待ってみたけど、一向に誰もトンネルからは出てこなかった・・・。
単なる音のイタズラなのだろうか。
僕は、最後にトンネルの入口をカメラで撮ってめがね橋を後にした。

ドライブの帰り、ファミリーレストランで夕御飯を食べていた時のこと。デジカメで今日撮影した写真を確認していた彼女が突然、「うそ・・・」と声を上げた。
「これ見て」
僕は彼女からカメラを渡してもらった。
そこには、見たこともない男の顔のアップが映っていた。カメラのレンズを睨むような顔つきだった。
写真の順番からすると、めがね橋のトンネルの入口を撮ったはずだった。
この男がトンネルの向こうから歩いてきた人物の正体なのだろうか・・・。
すぐに写真のデータは消去することにした。

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